5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

公式本

1 :名無し募集中。。。:04/02/20 06:31 ID:wO5n1FiN
まず、どこに売ってるの?
それと、本屋の中のどこに置いてあるの?

2 : ◆3A9B...... :04/02/20 06:33 ID:619xXeUR
2get

3 :ねぇ、名乗って:04/02/20 17:12 ID:SVOmlCZn
>>1 モーヲタコーナー
判らなきゃ店員に、
「モーヲタサイクリストとか、モーオタマガジンって何処に有りますか。」
と訪ねると教えてくれる。

4 :ねぇ、名乗って:04/02/21 02:10 ID:fBp0EeyD
てすt

5 :ねぇ、名乗って:04/02/21 02:11 ID:fBp0EeyD
てすt

6 :ねぇ、名乗って:04/02/21 02:11 ID:fBp0EeyD
てすt

7 :ねぇ、名乗って:04/02/21 02:12 ID:fBp0EeyD
てすt

8 :ねぇ、名乗って:04/02/21 02:12 ID:fBp0EeyD
てすt

9 :ねぇ、名乗って:04/02/21 06:35 ID:fBp0EeyD
ハロー!プロジェクト大百科
http://ex4.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1076678284/

10 :ねぇ、名乗って:04/02/22 01:45 ID:gfknwhHc


11 :名無し募集中。。。:04/02/22 06:33 ID:tUeD4vsO
再利用期待sage

12 :ねぇ、名乗って:04/02/23 01:10 ID:/FraI3Eu
さげ

13 :名無し募集中。。。:04/02/23 21:28 ID:uXYJueWr


14 :名無し募集中。。。:04/02/24 06:38 ID:zF/juoM9
hozen

15 :名無し募集中。。。:04/02/24 23:08 ID:vD/LE2M8
hozen

16 :名無し募集中。。。:04/02/25 21:07 ID:RPveozBE
ho

17 :名無し募集中。。。:04/02/26 06:45 ID:rlXdqWX0


18 :名無し募集中。。。:04/02/27 04:26 ID:hCeocBAK
ほほ

19 :名無し募集中。。。:04/02/27 17:12 ID:wQv8QhaQ
保全

20 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:19 ID:Ed/7ZuCW
test

21 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:19 ID:Ed/7ZuCW
test

22 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:20 ID:Ed/7ZuCW
test

23 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:20 ID:Ed/7ZuCW
test

24 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:21 ID:Ed/7ZuCW
test

25 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:21 ID:Ed/7ZuCW
test

26 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:21 ID:Ed/7ZuCW
test

27 :名無し募集中。。。:04/02/27 21:22 ID:Ed/7ZuCW
test

28 :名無し募集中。。。:04/02/27 23:37 ID:33fYz/rK


29 :名無し募集中。。。:04/02/28 06:32 ID:loDMyPkw
ho

30 :tes:04/02/28 10:26 ID:kN4Yn7cE
tes

31 :名無し募集中。。。:04/02/28 19:16 ID:zlFlTkuG
test

32 :名無し募集中。。。:04/02/28 21:45 ID:y3ZOa/fF
保全

33 :名無し募集中。。。:04/02/29 06:30 ID:or1CH6Hy


34 :名無し募集中。。。:04/02/29 19:27 ID:kwX5E1yp


35 :ねぇ、名乗って:04/02/29 21:30 ID:kwX5E1yp
TEST

36 :名無し募集中。。。:04/03/01 05:58 ID:6DeX0duC


37 :名無し募集中。。。:04/03/01 20:33 ID:dTjPu4HX
ここ使っていいでしょうか
これの続きです

http://ex4.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1068302424/

38 :名無し募集中。。。:04/03/02 04:32 ID:J0N8QyPW
あい

39 :名無し募集中。。。:04/03/02 08:30 ID:KOqXIaUx
>>37
移転待ち保全

40 :名無し募集中。。。:04/03/02 23:53 ID:JaI2gUVz
40

41 :ayaya:04/03/03 17:31 ID:LZLVyrmi
早く斬られたいよ

42 :名無し募集中。。。:04/03/03 20:56 ID:cZhwF5yU
三、秘剣

藤本は居場所を追われ、道場の裏手をぐるりと回り、
脇の小さな蔵の横を歩いていた。

右手を見つめる。
刀の柄の感触と、枝の手ごたえが残っている。
まだ足りないか。まだ。

「ヤァアアアアア」
開け放たれた道場の戸から、若々しい気合の入った叫びが漏れ聞こえてくる。
ふと、足を止める。
おとめ組の田中れいなの声。

見ると道場の中には二人しかいない。二人とも防具姿で竹刀を構えている。
壬生娘。組は、決められた任務以外の時は遊んでいようと、
体を鍛えていようとその隊士の自由である。
藤本の立つ側とは反対のほうの戸から傾きかけた陽光が中に入り込み、
二人の影を長く伸ばしている。

田中の相手をしているのは、動きの癖から言って、さくら組の亀井絵里か。
亀井は途中から藤本の姿に気がついたのか、
時折、気にするようにちらちらと見ている。

「えり! なによそ見しとう!」
田中が容赦なく、亀井に竹刀を打ち込む。
板を踏み鳴らす音と、はじき合う竹刀の乾いた音が、
しんとした広い道場の中に響く。

43 :名無し募集中。。。:04/03/03 20:57 ID:cZhwF5yU
また歩きはじめる。
どこか厳粛な空気に支配されていた道場内とは対照的に、外は蝉の声がうるさく、
日が陰ってきたとは言え、夏の陽光の照りつけがまだ厳しい。

屯所の境の垣根のほうでは、相変わらず近所の子供たちが騒がしく駆けずり回っている。
今度は辻と一緒らしい。
辻はあらん限りの力で子供たちと一緒になって走り回っている。
その笑顔はまるで子供たちと変わらない。

子供たちを構う隊士の中でも、特に辻はいつも近所の子供たちと遊んでいる印象がある。
あの、鴨川の河原で対峙した獣と同じものとは、今ではとても思えない。
壬生娘。組に藤本が入って以来、あの恐ろしい速さの突きを繰り出した狼の面影を、
藤本はまだ見ていない。

しかしそれにしても、先程の道重といい、いくら子供とは言え、
そもそも部外者をそうやすやすと屯所内に入れてしまっていいものなのだろうか。
自分の知っていた壬生娘。とは、だいぶ印象が変わったように思う。

藤本は実は以前、隊士を募集に来ていた壬生娘。に入隊を志願したことがある。
志願と言うよりは、とりあえず身を隠す場所を探していたと言ったほうが正しいかもしれない。
人を斬って、追われていた。
つんくとも、そこで出会った。

44 :名無し募集中。。。:04/03/03 20:59 ID:cZhwF5yU
その頃の壬生娘。はもっとぎらぎらと、
抜き身の刀のような人間が多く殺伐としていた印象がある。

最近の噂を少しは聞いている。
時が経ち、組織としての黎明の時期を過ぎたことで、
組織外より、組織内での地位確保に意識を割く者が増えているのではないかと。

曰く、壬生の狼は京の贅沢な暮らしに慣れ、腑抜けている。と。

壬生の狼を変わらず畏れつづける者がいた一方で、
死中に身を置く過激派浪士の先端では、そう嘲る者もいた。

慣れとは、頭では分かっていても、逆らうのは言うほど容易なことではない。
そこにはどうしようもない、時の流れの圧力のようなものが存在する。

たとえばこの二百五十余年の泰平の世の間に失われた数々の物もそうであろう。
実質失われて久しい、武士の道というものなどもそうだ。
個人の剣でさえ、常に鍛錬を続けなければ現状を維持することさえままならない。
それはいわば、人の業のようなものなのかもしれない。

「ヤァアアア!!」
叫び声と共に、竹刀が触れ合う乾いた音が、道場の中に響いていた。

45 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:00 ID:cZhwF5yU
さくら組屯営内。
座敷の外の小さな庭先で、新垣里沙は一人腰を下ろし、悔やんでいた。
自らを責めていた。

あの瞬間、身がすくんだ。
藤州浪士、濱口優を捕えようとしたあの時である。
つまづいた亀井に後ろから寄りかかられ、思わずよろけて地面に手をついた。
隙を突いて浪士が斬りかかってきた。
そこをあの、藤本に救われた。

言い訳のしようがない。と新垣は思っている。
あの瞬間確かに、自分は死を感じ、身をすくませた。

それを覆い隠すために、とっさに亀井を責めた。
しかし、よろけてしまったのは自分に隙があったからだ。
今にして思えば、獲物を目の前にして気を緩ませてしまったような気もする。
そうでなければ、たとえ亀井が体当たりしてこようとも、決して揺るがなかったはず。

46 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:00 ID:cZhwF5yU
そしてたとえ、よろけて手をついたとしても。
自分の心が据わっていれば、相手の反撃などものともしなかったはずだ。
藤本が現れなければ、自分はきっとあの時に死んでいた。

意識が、地の底に堕ちていく感覚に襲われる。
支えるように自分を抱きしめる。
自分に亀井を責める資格があるのか。

有野、濱口を捕えた後、屯所までの帰路を壬生娘。さくら組は隊列を組んで歩いた。
京の治安を守る壬生娘。の力を町に誇示するかのように、
浅葱色の隊服を一様に纏い、みな胸を張る。
黒地に赤く「娘。」の字を染め抜いた旗を掲げて歩く。

自分が憧れ続けた「娘。」の一文字。
しかしそれを、道の隅に避けた町の人々は畏れ、あるいは蔑みの目で見つめる。
新垣はその視線が嫌いだった。

47 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:01 ID:cZhwF5yU
新垣里沙は、異国との条約締結により外交貿易用に開港された横浜の豪商の娘である。
そのため、入隊当初は隊の資金捻出のための縁故による入隊ではないかと、
陰で囁かれたこともあった。
他の隊士に比べて体つきが頼りなかったことも、噂に信憑性を持たせた。
町の視線はそれに似ている。

決してそのようなものによる入隊でないことを、自分は知っている。
しかし、多くの人にとっては事実などどうでもいいことなのだ。
彼らにとっては、自分の心の中にあるものこそ真実なのだろう。

そしてそれもきっと間違いではない。と新垣は思う。自分もそうだから。
真実とは一部の事実の中にあるものではない。
自分の心の中にこそ、真実はある。

だから。疑われているからこそ、自分は強くなければならない。
疑われている上に弱い者など、壬生娘。にはいらない。

少なくとも。自分の憧れるあの人は、こんなことで弱音は吐かなかったはずだ。

48 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:02 ID:cZhwF5yU
辻はまだ子供たちと駆け回っている。
人外のような奇声の中から何とか聞き取れる内容から察するに、鬼ごっこらしい。

まともに鍛錬をしているのは、結局のところ田中くらいか。
現在出動中で留守にしている小川も、
普段は辻と一緒に子供と遊んでいることが多い。

局長の飯田は昼間から俳句を詠むと言っては部屋に篭り、
たまに息をついては、ぼうっと、ただ、天井を見つめている。

道重は子供と遊ばない時は一日中、
どこから見つけてきたのか、二尺はあろうかという大きな手鏡を両手で持って、
ひたすら自分の顔を見つめている。

おとめ組副長の石川に至っては、
暇を見て屯所を抜け出しては、さくら組の吉澤ひとみといつも何やら話込んでいるらしい。
ちなみにこの二人は、江戸の桃井道場に通っていた時代からの仲だという。
「位は桃井、技は千葉、力は斉藤」と言われた、江戸三大道場のあの桃井である。

今も屋敷の玄関で、さくら組を抜け出してきたのであろう吉澤と、石川が話している。
なにやら仲良さげに、互いに触れあい、笑いあっている。
藤本はふと、壬生娘。組の中で衆道が流行しているという噂を聞いたことを思い出す。
正直、少し気味が悪いと思っている。

49 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:03 ID:cZhwF5yU
幹部も隊の緩みを感じとり、規律をより厳しくし、引き締めようとした時期があった。
しかし、隊士たちの目的意識を保ちつつ、強権で縛り付けるのは非常に困難なことでもある。
隊律に拘るあまり、多くの脱退者、粛清による死者を出したのも状況を難しくした。
そのことで隊自体の根幹となる有能な人材をも少しずつ失っていたのである。

だが、京都に勤王の志士のみならず、機に乗じた荒くれ者が溢れるこの時代、
組織が緩んでも不逞の輩が減るわけではない。むしろ増える。

壬生娘。組は佐幕の立場から、破壊活動を目論む勤王志士の摘発をその旨とはしていたが、
実際にはそれ以上に、勤王を騙るだけの只の盗人まがい、不逞浪士の数の方が遥かに多く、
日常ではそういった輩を取り締まる役目の方が多かった。

そのため人手の需要は増えつづけ、
ついにはより広い範囲の警備をする必要に迫られ、組を二つに分けるに至った。

しかし壬生娘。組を二つに分けるにあたって、
会府藩が京で一気に勢力を伸ばそうと目論んでいるのではないかという批判もあった。
またそれは、いたずらに隊士の質を下げ、壬生娘。組の存在自体を地に堕とすと。

50 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:04 ID:cZhwF5yU
「エイ!」
新垣が一人悩んでいると、隣の庭から人の声が発せられていることに気が付いた。
垣根の隙間からそっと覗くと、紺野あさ美が虚空に向かって手刀を構えている。
「あさ美ちゃん……」

「エイ!」
紺野は額に浮いた汗をぬぐおうともせず、何度も何度も、ひたすらに拳を前に突き出していた。
「誰?」
気配に気がつき、紺野がこちらに構えた。

新垣がそっと出てくると、紺野は「里沙ちゃんか」と言って、構えた手を下ろした。
「唐手?」
「うん」
紺野の得意とする、琉球より伝わる組み打ちの術である。

新垣は近くの大きな石に腰を降ろして言った。
「偉いなあ、あさ美ちゃんは」
「……? 何が?」
紺野が不思議そうな顔をする。

51 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:05 ID:cZhwF5yU
「いつもがんばってるからさ」
「えー!! 里沙ちゃんのほうががんばってるよ」
か細い声が裏返りそうな勢い。
「そんなことないよ。今だってちゃんと体鍛えてたじゃん」
自分はただうつむいているだけだ。

「ううん。……こんなんじゃ足りないよ」
紺野は口を真一文字に結んでいる。真剣な時に見せる顔。
「こんなんじゃぜんぜん敵わない」
「敵わないって……誰に?」
そこで紺野はまた口をつぐむ。しばらく固まった後、口を開く。
「……吉澤さんとか」
「とか?」
「うん」

吉澤ひとみ。さくら組二番隊組長であり、壬生娘。組全体の柔術師範も務めている。
流派は違えど同じ組み打ち術を使う者として、紺野は常に吉澤を意識している。

52 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:05 ID:cZhwF5yU
「まあ、あの人はまた、特別だから」
新垣が苦笑いする。しかし紺野は真剣そのものの顔で言う。
「ううん。でもね。……殻が堅いんだよね」
「……?」
「うん。殻がね」
紺野はそこに何かがあるかのように、虚空を見つめる。

「殻、ねえ」
もしかしたら、紺野も自分と似たような悩みを抱えているのかもしれないと思った。
そういえば何故か彼女も最近、落ち込み気味のように思う。
読瓜藩の駕籠襲撃の時以来か。

「里沙ちゃんこそ、どうかしたの?」
「いや私もさあ……」
そう言いかけて、新垣は言葉を止めた。
「……いいや」
「?」
「ちょっと表に出てくる」
そう言って新垣は庭から出ていった。
後に残された紺野は去りゆく新垣の後ろ姿を見つめながら、首をかしげた。

53 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:07 ID:cZhwF5yU
「はい」
目の前に黒い羽織が差し出された。
見ると吉澤が横に立ち、にっこりと笑っている。
隊士たちが配っていた壬生娘。組の新しい隊服だった。
石川との逢瀬はもう終わったらしい。

「ったく。これから夏って時に真っ黒って。
なんかうちって、衣装の趣味悪いんだよなあ。
ま、俺も人のこと言えないけど」

藤本は手渡された黒い隊服を見つめる。
確かに前の浅葱色の羽織は、実はあまり隊士に評判が良くなかったと聞く。
急でしつらえたために着物としての出来が良くなかったこともあるし、また、
芝居の忠臣蔵を手本にしたというその意匠は町中で着て歩くにはあまりにも派手で、
実のところ恥ずかしがる隊士も少なくはなかったという話もある。

そんな隊服の変化は、田舎から出てきた者が最初は目立つために派手なものを好み、
安定した地位を手に入れたところで、
落ち着きを求めはじめる心理にも通じるところがあったかもしれない。

「トォオオオオオオ!!」
道場から声が漏れ聞こえる。

「おおー、勇ましいね〜」
吉澤は楽しそうに道場のほうをちらっと見、そして藤本を見る。
「ちょっと出ないか?」
そう言って、屯所の外を指差した。

54 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:08 ID:cZhwF5yU
新垣は黒い隊服を羽織って、一人で表に出た。
まだ初夏だし、日が陰って風が出てきているので、そう暑くはない。
新しい隊服には浅葱色のそれのような袖のダンダラ模様はついておらず、
前のものにくらべるとかなり地味である。

新垣は、同じ隊士の前ではあまり弱音を吐かない。
それは自分が弱者であってはならないとの思いからだ。

不動堂村を出て西本願寺の横を通り、烏丸通りを抜けて五条通りのほうへ向かう。
なじみの店へと足は向いていた。

通りの近くに来ると、ちょっとした人だかりが出来ていた。
「か、勘弁しておくんなせえ」
「ふざけるな! 貴様、我らのことを浪人者呼ばわりしたろう!」

野次馬をかき分けて騒ぎの中心を覗き見る。
どうやら、浪人者と店の主人が揉めているようである。
腰に二本の刀を差した男が四人。いかにも浪人といった感じで、身なりは汚く、顔も汚い。
その前で店の主人らしき男が膝をついて平謝りしている。

55 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:09 ID:cZhwF5yU
「そんな、それはただの勢いで……決して貴方様方を悪く言うつもりじゃ」
「うるさいっ! そんな言い訳が通じるか!」
「ひええ」

珍しくもない。大方、自らを志士と偽って飯をたかり、
それを卑しく思った主人が思わず口をすべらせて、みじめな浪人の怒りを買った。
そんなところだ。

「我らはこの世を天子様の世たらんとする勤王の志士なるぞ!
喜んで飯を差し出すのが貴様ら卑しい身分の務めであろう!
それを貴様……腕の一本や二本で済むと思うなっ!」
「ひええええ」
「お父ちゃん!」

子供がいる。
新垣は人だかりの中心に歩を進めた。
勤務外とは言え、これも壬生娘。組に籍を置く者の務めだ。
「まーまーまー」
双方の間に入り、両手を広げる。

「なんだ! 貴様!」
さっきから口上をぶっている浪人は口から泡を飛ばしながら叫ぶ。汚い。
新垣はやれやれ、とため息をつき、顔を引き締めた。
「壬生娘。さくら組五番隊組長、新垣里沙だ」
「み、壬生娘。!」
周りに緊張が走る。

56 :名無し募集中。。。:04/03/03 21:13 ID:cZhwF5yU
しかし一瞬畏れの表情を見せたはずの男は、すぐに元の汚い顔に戻った。
「はあ? お前があ?」
(……ん?)
何かいつもと調子が違うな。と新垣は思った。

「嘘つくんじゃねえ。お前みたいなちっこいのが壬生娘。なわけねえだろ」
「そりゃそうだ」
残りの三人も合わせるように笑った。
(……あれ?)

「嘘ではない。私は壬生娘。さくら組五番隊組長、新垣里沙だ」
「ふざけるのも大概にしといたほうがいいなあ、お嬢ちゃん」
「へへへっ」

(……?)
いつもの感じと相手の反応が違う。
普段なら壬生娘。の名前を出すだけで、浪人どもは慌てふためき逃げていくのに。

顎に手を当て、小首をかしげた視界に、自分の黒い着物が入った。
それを見て新垣は重大なことに気がついた。
「あーーー!!」
「な、なんだ」
浪人たちがその大声に驚く。

いつもの浅葱色の隊服ではない。
新垣は、新しくしつらえたばかりの黒い隊服が、
壬生狼の恐怖の象徴として全く浸透していないことに気がついた。

57 :ねえ、名乗って:04/03/04 10:03 ID:y/k9AzGC
よっ! 待ってました!!
ニィニィうっかり杉。

58 :名無し募集中。。。:04/03/04 18:17 ID:kqw4EPfl

从*・∀.・从<…アーヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ…。

◆投票行って外食した人が書き込むスレ(301レスまで・dat落ちした時点で差し替え予定です)

HTML版 http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424.html
かちゅ〜しゃdat(LHA圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424.lzh
かちゅ〜しゃdat(ZIP圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424.zip
Janedat(LHA圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424-jane.lzh
Janedat(ZIP圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424-jane.zip
ホットゾヌ2dat(LHA圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424-zonu.lzh
ホットゾヌ2dat(ZIP圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424-zonu.zip
ABonedat(LHA圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424-abone.lzh
ABonedat(ZIP圧縮) http://csx.jp/~sheep2ch/1068302424-abone.zip

59 :名無し募集中。。。:04/03/05 12:33 ID:SsXvD5sh
↑あんた、他の小説でも見たぞw

60 :名無し募集中。。。:04/03/05 16:34 ID:SsXvD5sh
親切なんだな。

61 :名無し募集中。。。:04/03/08 18:27 ID:kQMARwzJ
保守

62 :名無し募集中。。。:04/03/10 16:26 ID:CYZP2t8k
保全

63 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:12 ID:2cqp3uKB
「ェヤァアアアアア!!」
「痛っ!」
からん。と竹刀が床に落ちる音が道場内に響き渡ったあと、しんと静まりかえる。
亀井が床に腰をついている。

「えり、大丈夫か?」
なかなか立ち上がろうとしないのを見て、田中が駆け寄る。
亀井はうつむき、手首を押さえたまま動かないでいる。

駄目だ。全然敵わない。
面の防具の中で激しく呼吸を繰り返しながら亀井はそう思う。

旅籠の一件で何の役にも立てなかったことを自分なりに反省し、
休む間も無く田中の稽古にすすんで付き合った。
しかし、同じ時期に壬生娘。に入り、同じ経験を重ねてきたはずのこの娘に全く歯が立たない。

「よそ見なんかしてるからだ」
田中に言われてまた亀井はうつむく。

目を離すな。
ふいに、新垣に言われたことを思い出す。

64 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:14 ID:2cqp3uKB
「うまい茶店見つけたんだよ」
どこへ行くのかと問いかけた藤本に対して吉澤はそう答えた。

不動堂村屯所を出て、西本願寺の横の通りを歩いていた。
二人とも新しい黒の隊服は着ていない。暑いからいいよ。とは吉澤の弁である。
じゃあ何故、隊服を渡しに来たのだ。とは藤本も聞かなかった。

「そこの干菓子がおいしくてねえ。なんかすごいんだよ。
口に入れた途端、こうしゅっと、なんとも言えない甘さが口いっぱいにさあ。
京菓子ってのはすごいねえ」
顔が本当に嬉しそうだ。

「それでそこのオヤジがさあ――」
藤本が聞きもしない話を一人で勝手に喋り続ける。
なるほど。と藤本は感じていた。
多少馴れ馴れしくされても、不思議と嫌悪感を覚えない。
確かにこの娘には、何か引き寄せられる魅力があるのかもしれない。
とにかくこの娘は隊士の間で妙に人気があるのだ。衆道の疑いを持たれてしまうほどに。

65 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:15 ID:2cqp3uKB
しかし藤本は回りくどいことが好きではない。
他愛も無い雑談が途切れたところで、早々に切り出した。
「それで、どういうつもりだ」
「……何が?」
「私に用があるのだろう」
「だからあ、うまい茶店が」
黙って吉澤を見つめる。

吉澤はつまらなそうに口を「へ」の字に曲げる。
「別にぃ〜。親交を深めようと思っただけだよ。
だってさあ、あんたいっつもぶすっとしてるじゃん? ほら、こんな風に」
わざと口の「へ」の字を強調して顔を近づける。
しかし藤本にはちっともおかしくない。

「やっぱ先輩としては心配じゃん? まだ入ってきたばっかりだしぃ〜。
もしかして藤本ちゃん、おとめ組でいじめにでもあってるのかなあ、なんて」
藤本の表情は全く変わらない。
吉澤はそれを見てため息を一つつく。
つんくといい、藤本を相手にするとこういう態度になってしまう人間が多い。

吉澤は仕切りなおすように、西のほうが橙色に染まり始めた空を見上げながら言った。
「読瓜駕籠襲撃の時にいたの、あんただよね」

66 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:18 ID:2cqp3uKB
「な」
「……な?」
浪人が新垣の発した言葉を繰り返す。

「なーんてこった! ……みたいな」
笑顔でおどけてみせる。目尻のあたりがひくひくと引きつっているのを感じつつ。
「ぁあ? なんだぁ?」
余裕が出てきたのか、壬生娘。の名前に一度は怯んだ浪人たちは、
触れ合わんばかりのところまで顔を近づけて凄んでくる。
やっぱり汚い。それに臭い。

「本当に壬生娘。組なんですけどねえ……」
新垣は眉をしかめて浪人の顔を避けながら言う。
「信じてくれません?」

「ぁあ?」
また後ろの「あ」の声を一段上げて凄む。あまり語彙は無い人たちらしい。
せっかく避けたのにまた顔を近づけてくる。

「逃げて、くれませんかねえ?」
「何言ってんだあ?」
「やっぱり、駄目ですか」
「……お嬢ちゃん」
後ろから別の浪人が出てくる。

67 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:19 ID:2cqp3uKB
「大事なところを邪魔してくれたんだ。それなりの覚悟はあるんだよなあ?」
「だ、大事なところ?」
「そうだぁ。われら天朝さまの世を作らんとする勤王の志士が腹をすかしておるんだ。
逆らうような佐幕の犬は懲らしめてやらんとなぁ」
「……はぁ」
(なんだかなあ……)

浪人がいやらしい視線を新垣の体中にまとわりつかせる。
(うわあああ。気持ち悪い)

「見たところ身なりはご立派なようだぁ。さすが壬生娘。の隊長さんだぁ」
後ろの三人がげひげひと笑う。
(これは、信じてくれてないんだよなあ)

「おまけによく見りゃ、腰にも立派なもんをちゃんと二本差してるぁ。
どうよ? そのご立派な刀と、着物をここに置いていったら、見逃してやらんでもないぁ」
「いえいえいえいえいえ。それは、駄目です」
両の掌を物凄い勢いで振る。それは駄目だ。本当に。
「見逃してやるって言ってるんだやぁ」
「いえいえ、いいです。ていうか見逃すのはこっちですし。
いや見逃さないですし、できれば」

「ぁあ? じゃしょうがねえなあ」
急に声が大きくなる。
「かわいそうだが、お嬢ちゃんには見せしめになってもらうかなあ」
「いえいえいえ、それも困ります」

68 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:20 ID:2cqp3uKB
「なんだそれは」
藤本は言った。表情は全く変わらない。
「ふ〜ん」
吉澤は藤本の顔をまじまじと見つめながら言う。どんな変化も見逃さないという顔。
しかし藤本がこういうことで“ぼろ”を出すことはない。

読瓜駕籠襲撃の時、藤本と直接対峙した壬生娘。は飯田、紺野、辻の三人のみである。
本人たちには固く口止めされ、他の隊士には能面の襲撃だけが伝えられている。
他に知っているのは事情を聞いた石川だけだ。
たとえあの場に吉澤がいたとしても、
あの暗闇では対峙するほど近くまで来なければ藤本の顔は見えない。

そもそもあの時点では誰も藤本の顔など知らないのだ。
顔見知りがあの場いたならば気づくこともあるかもしれないが、
あの場にいた者と後に別の場所で出会ったところで、そう簡単に気づくはずはない。

「いや、いいのいいの、どういう反応するかちょっと見てみたかっただけ。
俺そういうのは興味ないから」
吉澤は視線を外す。
「興味あるのは、どちらかと言えば生身のあんたのほうだし」

藤本は瞬時に吉澤が石川と一緒にいるところを思い出し、身を少し引いた。
「いや、そういう意味じゃなくて。……面白いな、あんた」
吉澤は妙に嬉しそうににやりとする。

「まあ、それは置いておくとして。いい感じだから。あんた」
「?」
「刺激になるよ。いい意味で」
吉澤の言わんとするところが分からない。

69 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:21 ID:2cqp3uKB
歩きながら吉澤は、うん、と背伸びをする。
「今の壬生娘。はさ、ほら、色々言われてるじゃん。知ってるだろ?」
藤本は何も言わない。しかし吉澤はそれを同意と受けたように続ける。
「腑抜けたとか、餓鬼の集団とか、壬生の犬っころ、とか」

変化するということ。
特に、何か形のあったものが少しずつ崩れていくといったとき。
そこには抗いようの無い、時の圧力のようなものがある。

たとえばこの二百五十余年の泰平の世と引き換えに、失ったものが多くある。
武士のありようなども随分と変わった。

戦乱がなくなっても尚、特権階級でありつづけた武士という存在は、
長い平安の年月を経て、やがてその存在自体に自己の価値を見出すしかなくなり、
兵士という本質を少しずつ変容させていった。

礼儀、作法、精神性、様式。
戦の存在しない世で自己の存在を保持しようとする中、武士たちは自然と、
実戦と何ら関わりのない細かな部分により価値を見出すようになり、
結果として、実戦力を少しずつ失っていった。

江戸の時代は、茶道、華道といった『求道』の文化が爛熟した時代でもある。
鎖国により海外文化の流入が皆無であったという背景もあり、その様式の独自性は粋を極めた。
士道もそれに似た。

茶道、華道は泰平の世で文化としての様式の美を極めた。
しかし士道は本来、戦いの具である。

70 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:22 ID:2cqp3uKB
そもそも黒船の来航に始まったこの混乱の時代に、
幕府が壬生娘。組という浪人集団の力に頼らざるを得なかったのは、
泰平の世を経て、幕府の戦力の多くが役に立たない無用の長物と化していた実情からきている。
数だけならば旗本八万騎とも言われる膨大な兵を抱えていたにも関わらず、である。

無理からぬ面もある。
実質的な存在意義を失い、その名誉ある身分にすがるしかなかった末端の下士は、
その日の食い物のために裕福な商人に媚びへつらい、
城に登る上士は、己の地位を維持するために剣より政治力を磨くしかなかった。

そんな中、田舎から現れた壬生娘。という浪人による実戦集団が、
士道というものに妙に拘ったのは、なにかの皮肉のようでもある。

そして今、その泰平の世に武士を蝕んだ時の圧力が、
今度は壬生娘。という組織を侵そうとしている。

「何かの刺激が必要だったのかもしれない」
吉澤が言った。
自分のことを言っているのか? いや、自分にそんな力はない。と藤本は思った。
「そうでもないさ」
藤本の心を見透かしたように吉澤が言う。
「もう、変わり始めてる奴もいるみたいだしね」

71 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:22 ID:2cqp3uKB
「……大丈夫」
心配する田中に向かってそう言い、亀井は立ち上がった。
竹刀を拾い、構える

旅籠への突入は、結局一度も刀を誰に触れることすら無く終わった。
亀井が斬るべき相手は藤本によって斬られてしまった。
あれ以来、亀井はなぜか藤本を見かけると、ついなんとなく、
姿を盗み見てしまうようになった。

田中の稽古に付き合う気になったのも、藤本の剣を見たことと無縁ではない。
あのとき、藤本の剣に見とれた。
きらめく陽光の下に現れた野生の獣は、美しい舞いのようにしなやかに刀を振るった。

決して、人を斬りたいと思っているわけではない。
だが壬生娘。としてやっていく以上、斬らなければとも思っている。
たとえそれが他人の生を一方的に、完全に奪い去ることだとしても。
それでも亀井は、京の治安を守る壬生娘。に入りたいと思ったのだ。

72 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:23 ID:2cqp3uKB
「ヤァ!」
自分を奮い立たせるように声を出す。

目を離すな。と新垣に言われたとき、どきりとした。
町人の冷たい視線に耐え切れず、思わず目を伏せてしまった心を見透かされたと思った。
自分に自信が持てない。
胸を張って、私は壬生娘。だ。と言えない。

「ヤァァァァ!」
目の前に立つ田中は、きっとそんなことは超越している。
自分が壬生娘。かどうかなんてことより、きっともっと先のことを見つめている。
焦ってしまう。
うまくいかないとすぐに自分で思い込み、すぐにうつむいてしまう。

胸を張れ。と以前、新垣に言われたことがある。
あれもきっと、そういう意味なのだ。

73 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:27 ID:2cqp3uKB
自分の存在が周りを変える。
悪い意味でならともかく、良い意味でそんなことがあった経験が藤本にはない。
それは常に藤本が独りでいたことが大きな要因なのだが、経験の無い藤本には分からない。

藤本には正直なところ、吉澤の言いたいことがよくわからないでいる。
吉澤の狙いが何なのか。この娘は何を知り、何の目的で自分に近づいてきているのか。

僧侶の行列と行き違う。
大きい笠を被り、皆一様に顔を伏せて静かに歩いている。
特に寺社の多い京都では、このような光景も珍しくない。

人の流れが増えてきている。
商店の建ち並ぶ場所に近づいているせいだ。
吉澤の言う茶店はその中にあるらしい。

気がつくと、藤本は無意識にあやの姿を人ごみの中に探している。
こんな場所にあやがいるはずは無い。
しかし、もしかしたら。その可能性をぬぐいきれない。
いや、冷静に考えればそんなことは徒労でしかないことはわかっている。
しかし、もしかしたら。
町に出るたびに、そんな思いを繰り返している。

74 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:28 ID:2cqp3uKB
「おー。よっちゃん、休みかい、どうよ、食ってかないかい」
「あははー、またねー」
「よっちゃーん。活きのいいのが入ったんだよ。帰りに寄ってってなー」
「おっちゃんいつもありがとー」
「よっすぃ〜」
「はーい」
大きい通りに出ると、吉澤に声をかける人間の多さに驚く。
老若男女、年齢性別を問わず吉澤を見つけるとみな気軽に声を掛けてくる。
吉澤はそれにまんべんなく笑顔で応える。

「この辺は馴染みなんだよ」
吉澤が言う。
飯田並みに背が高く。肌の透けるような色の白さに、朗らかな笑顔。
男ではないが、いわゆる美丈夫。といったところだろうか。

泣く子も黙る壬生娘。さくら組二番隊組長ではなく、
ここでは隊服を纏わない吉澤ひとみのほうが顔が知れているように見える。
もしかしたら隊服を着てこなかったのも、あえてだったのかもしれない。

それを聞くと、
「俺らって、京都の治安守るのが仕事だからね」
と吉澤は答えた。

75 :名無し募集中。。。:04/03/10 22:28 ID:2cqp3uKB
「おおい、ひとみちゃん」
一人の老人が近づいてきた。
「おー。石松のじいちゃん、元気?」
「あっちのほうで、なんか騒いどるがの」
老人が通りの先を指さす。
確かに人だかりができている。
「あれ、お前さんところの子じゃないかい」
「へえ?」

「ちょいとごめんよ」
老人の言った人だかりの中に入った。
間を抜けながら、人々の会話が耳に聞こえてくる。

「また、あいつらや」
「最近ここら荒らしとるらしいで」
「伏見の同心もやられちまって手を焼いてるって聞くが」
「くわばらくわばら」
「あのおチビちゃん危ないんやないかね」
「誰か助け呼んで来なはれ」

「およ?」
人だかりを抜け、吉澤と藤本が顔を覗かせると、
その中心に四人の浪人風の男と、新垣が立っていた。

76 :名無し募集中。。。:04/03/11 16:36 ID:ptZg0QvH
  ⊂ヽ
   ノノノハヽ
    从‘ 。‘ 从 <マギマギ先生〜
    / つ |

77 :名無し募集中。。。:04/03/12 21:03 ID:aZntrtya
新垣はどうなるんでしょうかー。楽しみであります。

78 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:36 ID:K0qh4EEO
「回りくどいのは終わりにしようか、お嬢ちゃん」
中心にいる髭を生やした浪人が腰の刀に手を添え、脅すように鯉口を切った。

「ちょ、ちょっと待ったあ!」
新垣が手を伸ばす。
「なんだ?」
「抜くんですか?」

「……どういう意味だ?」
「いいんですか?」
「はぁ?」
「抜いちゃうんですか」
そう言って新垣は右足を前に出し、すっと腰の刀に手を沿える。

ざわめきが人だかりの中から湧き上がる。
「ひゃっはっは! 脅してんのかい? お嬢ちゃん」
後ろの浪人が楽しそうに笑い出した。つられて他の浪人も笑い出す。
「いいぜえ、こっちも居合で勝負してやる」

新垣は黙って浪人たちを見据えたまま、鯉口を切り、心の中で思った。
(槍持ってくれば良かった……)

79 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:37 ID:K0qh4EEO
「あははは。固まっちゃってるよ」
吉澤が本当に楽しそうに笑った。

人の輪の中心で、新垣と四人の浪人風の男が睨みあっていた。
横で、どうやら近くの店の主人らしい親父が地面に膝を尽き、
庇うように子供を抱えている。

見たところ諍いは行くところまで行ってしまったらしく、
既に互いに刀の鯉口を切り、睨み合っている。

しかし吉澤はその光景をにこにこと見守るだけで、
争いを止めようとか、そういうつもりが見られない。
むしろ野次馬と一緒になって楽しんでいる様子だ。

「娘相手に男四人とは、大人気ない」
近くの町人が囁く。それを聞いて吉澤は、
「ふふん」
とまた笑う。

対峙した五人は、じっと睨み合ったまま動かないでいる。
「……あれ?」
すると吉澤が、何かに気がついたように藤本に向かって不思議そうに言った。
「助けに行かないの?」

それはどちらかと言えばこちらの言葉だろう。と藤本は思いながら、
「必要なのか?」
と答えた。

「ちぇー」
吉澤はあからさまに不満げに口を尖らせた。
「可愛くないの」

80 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:38 ID:K0qh4EEO
新垣には多少の抜刀術の心得はあったが、槍のほうが得意としている。
それに槍の間合いの長さがあれば、往来で複数の相手にもやりやすかっただろう。
とは言え、非番に槍を持って町中を歩くというわけにもいかないが。

ごくりと喉が鳴る。
唾が居心地悪そうにゆっくりと喉の中を通っていくのを感じて、
新垣は初めて喉がからからに渇いていることに気がついた。

(……暑い)
日が傾いて涼しくなってきたと思ったので羽織ってきた新しい隊服だが、
今ではそれが重く、暑い。
なんでこんなものを着てきてしまったのだろう、と少し後悔をする。

新垣が鯉口を切ったことで、後ろの三人も既に鯉口を切っている。
一対四。数的には圧倒的不利。

立ち回ろうと思って立ち回れない数ではない。
しかし。
周りには大勢の人だかりができている。
できれば抜きたくない。一人であの視線に晒されてしまう。
人斬りと畏れ、蔑む視線に。

「なんだ、ビビッてんのかい、お嬢ちゃん?」
浪人が楽しそうにぺろりと舌なめずりをした。
「へへ、勤王の志士に逆らったらどうなるか、教えてやるぁ」

81 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:39 ID:K0qh4EEO
「…………だ」
新垣はぼそりとつぶやいた。
「ぁあ?」
「……なにが、勤王の志士だ」
店の主人は地面に膝をつき、小さな子供を抱えて怯えるように、がたがたと震えている。
子供は、顔は涙でぐしゃぐしゃになり、引きつけを起こしかけている。
恐怖で大声も出せずにいる。

「口ばっかりで自分をかえりみない」
声を張る。
「お前らなんかに、いい世が作れるはずない」
そうだ。だから自分はあの人に憧れ、壬生娘。に憧れ、入ったんだ。

「てめえ!」
浪人が叫ぶ。
(とにかく、まず一人。なんとしても先に斬る)
新垣は腰を落とし、臍に力を入れ、目に気持ちを込めた。

――(新垣、抜き打ちというものはね。鞘の中で勝負が決まる)
心の中で、かつてあの人に言われた言葉を反芻する。
(抜いた瞬間に、勝負は決まっているんだよ)

82 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:40 ID:K0qh4EEO
ぴくりと浪人の手が動く。
新垣も反応してぴくりと手を動かす。
浪人の手が止まる。
新垣も手を止める。

(一太刀で決めろ。抜く時は克つ時だ)
胸が高鳴る。
構える目の前の男の姿に、新垣はまた地の底に堕ちていく感覚に襲われそうになる。
死の恐怖。

(やる気のない餓鬼を前に立たせるな)
突然、藤本に言われた言葉を思い出す。
まだ自分はそんなものに囚われているのか。
腹が立った。

(くっそー)
あの藤本の仏頂面と共に、悔しさがふつふつとよみがえる。
やる気がないわけないじゃないか。
奥歯をぎりぎりと噛み、堕ちようとする意識を繋ぎとめるように目の前の浪人を睨む。
やる。やってみせてやる。
左手で鞘をやや外向きに傾ける。

83 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:40 ID:K0qh4EEO
(……ん?)
しかし、しばらくして新垣は浪人たちの仕種に違和感を覚える。
すっと、右足を指先一個分、進めると、
浪人の足が指先一個分、下がるのだ。

右足を更に進める。
やはり浪人たちは同じ分だけ引く。
(……?)

おかしい。連中が引いているように見える。
さっきまであんなに強い態度だったのに。

相手が引き腰では間合いが詰まらない。
このままでは埒があかない。
それとも、何かを狙っているのか。

(……試す、か?)
新垣は、右足をどんと踏み鳴らした。
「抜くか! 抜かないか!」

それでも浪人たちは刀を抜こうとしない。
むしろそれどころか新垣の挑発を受け、もっとはっきりと、恐れの表情をあらわにしたのだ。
(……あれ?)

84 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:44 ID:K0qh4EEO
すうっと鼻の穴を大きくして、息を吸った。
「なんだ貴様ら! はっきり、しろ!」
大きい声で叫んだ。実は細かい駆け引きは苦手である。
すると先頭の浪人があからさまに後ずさり、
ついには後ろの浪人が押され、その勢いで、どん、と尻餅をついた。

野次馬から失笑が漏れた。
「お、おい」
周りをちらちらと見ていた別の浪人が、後ろから囁く。
「くっ」
先頭の浪人がまた半歩後ろに下がった。
「どうした!」

「今日は見逃してやる!」
四人が新垣に背を向ける。
「え?」
「どけっ!」
浪人たちが、自分の後ろの人垣を押す。
「あれ、ちょっと――」
しかし新垣の声を無視して、四人は足早に人ごみを掻き分けて消えていった。

(ええーーーーー??)
ここまで覚悟を決めていたのに、なんと拍子抜けな。
なにか損をしたような気分。
「……なんだあ?」
新垣は呆然とその場に立ち尽くした。

85 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:45 ID:K0qh4EEO
「修業が足りんのう、ガキさん」
吉澤がつぶやく。顔は変わらずにこにこと笑っている。
もちろん吉澤と藤本の二人は何もせず、ただ成り行きを見ていた。

見た瞬間から分かっている。
あんな浪人など、たとえ四人がかりであろうと新垣の敵ではない。
そうでなければ壬生娘。の隊長など務まるわけがない。

本気で対峙してみてはじめて、やっと浪人たちには見えたのだろう。
新垣の中に棲む獣が。
新垣が覚悟を決めた瞬間に勝負は決していた。

剣の未熟な者は、見ただけでは相手の技量を測ることができない。
もっとも、新垣自身も相手の弱さに気がつかなかったようだが。

「壬生娘。の組頭としちゃあ、まだまだ」
吉澤が言った。

86 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:46 ID:K0qh4EEO
「ふう」
新垣は深く息を吐いた。肩の力が抜ける。
何が起きたのかよく分からないが、とにかく危機は去った。

「お豆ちゃん、大丈夫?」
「だいじょうぶ〜?」
人の群れの中から、二人連れの子供が近づいてきた。
近所の、新垣が行こうとしていた馴染みの店の姉弟だった。

「あはは〜、緊張しちゃったよ」
それを見て新垣の顔に安堵の表情が戻る。

(ま……いいか)
傍の店の子供を見る。顔の涙と、地面の土でぐちゃぐちゃだ。
この子らを救えただけでも、良しとしよう。

「お侍様、本当にありがとうございます」
救われた店の主人が横に立っていた。膝から、肘から、地面の土で汚れている。

「いいえ。ええっと、ああいう人たちの扱いは気をつけてくださいね」
「はい、本当に、ありがとうございます」
主人は深々と頭を下げる。

人の群れが、新垣をじっと見つめていた。
畏れと、蔑みの視線の記憶が蘇る。

87 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:48 ID:K0qh4EEO
(新垣、つらいときこそ胸を張れ)
昔、あの人に言われた言葉を思い出す。
いじけて猫背にならないように、自分でもおかしいくらいに胸を張った。

すると、新垣を囲む人の群れ中から、ぱらぱらと音が聞こえてきた。
拍手だった。
「ええぞ! お嬢ちゃん」
「かっこよかったでー」
「ようやったー」
「あんた見かけによらず強いんやねー」

「あ、あれ? あは。あはは〜」
それは新垣にとって、思いもよらないことだった。
あの畏れと蔑みの視線を送っていた町人たちが、自分に。
「いやあ」
照れながら頭を掻いた。

ふいに、熱いものがこみ上げてくる。
新垣はそれに耐えるように、強く胸を張る。
張った胸で拍手を受け止める。

「好きだあ、壬生娘。」
小さくつぶやいた。

88 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:48 ID:K0qh4EEO
野次馬が徐々に散っていく。
新垣はぐしゃぐしゃになった子供の顔を羽織の袖でぬぐってやる。
新しい黒い隊服は、思うように涙を吸ってくれない。

「あ、かわいい」
馴染みの店の姉弟の弟のほうが言った。

子供らしい、小さな赤いかんざしが、髪から外れかかっている。
「あれー、本当だ。かわいいね」
そう言いながら、新垣は子供のかんざしを挿しなおしてやる。

「今はね〜、こう挿すのがお洒落なんだよ〜」
新垣の育った横浜は、異国と貿易を交わし、
流行の最先端を行く大きな商業都市になりつつある。
横浜育ちの多分に漏れず新垣もお洒落にはうるさい。

新垣がにこりと笑顔を見せると、子供もにこりと笑って返す。
「さすがだね〜、お豆ちゃん。羽織の着こなしもかっこいいよ」
姉弟の姉が言う。

89 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:49 ID:K0qh4EEO
「羽織……」
またもやもやとした感情が戻ってくる。
隊服を着て出かけたのは、
壬生娘。の名前が通ればみな畏怖するだろうという甘えが、心のどこかにあったからだ。
「壬生娘。って名乗っても信じてくれなかったんだよね……」
がっくりと頭を垂れる。
「お豆ちゃんどうしたの〜?」

「その上、なんか知らないうちに勝手に逃げちゃうしさ」
「おかしいよ〜?」
「なんだかよくわかんないよ」
膝に顎を乗せ、眉をしかめる新垣に、
姉弟の姉が小さな手をそっとのばし、頭を撫でる。
「しっかりしなよ〜」
「娘内じゃ弱音吐けないしさー」

(あの人が今の自分を見たら、なんと声を掛けてくれただろう。あの人なら……)
うつむいたまま、いじけていると、
新垣の目の前にひとつの人の影が現れ、新垣に重なり、止まった。
新垣は影の主を見上げた。
太陽を背にした、その人影の主は……。

90 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:56 ID:0A5uNcOP
「……なんだ、矢口さんか」
新垣はあからさまに肩を落とした。
(よく考えたら、今ここにいるわけ無いんだよね)

「悪いか」
矢口がむっとした表情で見下ろしている。
数人の、そろいの新しい隊服を羽織った隊士を引き連れている。
どうやら市中の巡察中らしい。

「いいえ、矢口さんも、かっこいいですよ」
新垣は矢口を見上げながら言う。まだどこかいじけている。
「なんだその言い方」
「本当ですって」
「ふん」

「そんなことより、お前こんなところで何してるんだ」
と、矢口は傍の子供を見つける。
「む」
さっきまで涙でぐしゃぐしゃになっていた子供だ。
「なんだよこのかんざしの挿しかたは〜」
そう言って、せっかく新垣が挿してやったかんざしを無造作に抜いた。
「えっ!」

91 :名無し募集中。。。:04/03/14 19:57 ID:0A5uNcOP
「野暮だな〜、誰だ? これ挿したの。
今の京都はこうやって、斜め気味に挿して、
尾の飾りを強調してやるのがお洒落なの!」
「かわいい!」
「さっすが矢口さん。羽織の着こなしもかっこいい!」
姉弟が言う。
(ええ〜!?)

「どうした新垣、しゃっきりしろしゃっきり」
と言って矢口は、へなへなになっている新垣の背中をどんと叩く。
「おぐっ」
矢口はふっと笑う。
「じゃあ、おいらは巡察に戻るからな」

「はあ」
去っていく矢口の後ろ姿を見ながらため息をつく。
(やっぱり駄目なのかなあ、自分)

「お豆ちゃん、しゃっきりしなよ」
「あしたがあるさ、おまめちゃん」
(……とほほ)

92 :名無し募集中。。。:04/03/14 20:00 ID:0A5uNcOP
「イヤァァァアアアアア」
田中の竹刀を受け止める。
手首がまだ痺れている。痛い。

(亀井、つらいときこそ胸を張れ)
新垣の言っていることは分かる。でも、
言われたとおりすぐに出来るなら、なんでも苦労はしない。

「キェエエエエエエエエエ!!」
また倒される。
倒されすぎて、倒れるのが癖になってしまっているのが自分でもわかる。
受けて耐えようとしない。どうしようもない。もう、自分は駄目だ。
打たれ続けて倒れ続けていれば、きっとそのまま時が過ぎてくれる。
「どうした! えり! そんなものか!」

倒れたまま息を切らせながら、ちらりと外を見る。
日の傾きかけた道場の外に、藤本の姿はもうない。

藤本はもうそこにはいない。
亀井は外をじっと見つめ、何度か小さく頷いた。

「何?」
「ううん。大丈夫」
立ち上がる。

「……押忍」
亀井は胸をいつもより大きめに、張ってみた。

93 :名無し募集中。。。:04/03/14 23:16 ID:9k5+X2cv
ガキさんの憧れ人はやっぱりあの人?

94 :名無し募集中。。。:04/03/15 10:57 ID:gqJN3qGw
誰?

95 :ねぇ、名乗って:04/03/15 14:44 ID:8PTdre+5
なっち

96 :名無し募集中。。。:04/03/16 20:32 ID:x5RrGTaI
なっちであってほしい

97 :ねぇ、名乗って:04/03/18 14:22 ID:Id+cJtyL
保全

98 :ねぇ、名乗って:04/03/19 16:57 ID:82W5JpF6
人斬り美貴介の映画化まだー?

99 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:13 ID:LwdZVlNP
西の空が、茜色に変わっていた。
行き交う人々の姿が暗く、ぼやける時刻である。

「くそっ、このままじゃ終われねえ」
足早に歩きながら言う。
先程の四人連れの浪人である。

「仲間を集めろ。あの小娘、恥じかかせやがって目にもの見せてやる」
中心に立っていた髭の浪人が言う。
「だけどよお。あいつ本物の壬生娘。なんじゃねえか」
「ああ、あの殺気はマジでただもんじゃねえ」
「そんなことねえ。ちょっと驚いただけだ。あんな餓鬼に舐められたままで黙ってられるか」

と。通りすがりの人間が、髭の浪人の肩にぶつかる。
「てめぇ、どこ見てやがるんだっ」

すれ違いざまに振り返ると、相手は笠を深く被った三人の武士。
着物を汚く着くずした浪人たちとは違い、
身なりはきちんとしていて、いかにもそれなりの武家に関わりのある者といった風である。
しかし髭の浪人は怯まず言い放つ。
「勤王の志士様にぶつかっておいて何の挨拶も無しかっ」

「勤王……志士?」
武士の一人が立ち止まり、振り返る。
「やんのかあ? こちとら気が立ってんだぁ、ただじゃ済まねぇぜ」
髭の浪人が刀に手をかける。

100 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:14 ID:LwdZVlNP
「おい」
しかし、残りの二人の武士が、振り返った武士を諌めるように声を掛けた。
すると諌められた武士は右手を笠の端にかけ、
「軽々しく勤王を叫ぶな……屑が」
と言い捨て、再び向かっていた方向に足早に歩き出した。

「何だと、おい待てっ」
浪人が叫ぶが、武士たちの足は早くそのまま消えていく。

わざわざ追っていく気力は起きなかった。
「ちっ」
道端に唾を吐く。
再び歩き出す。

「なぁ、もう勤王の志士なんて流行らねえんじゃねえか」
「京都も潮時かもしれねえなあ」
「ああ、壬生狼に睨まれたらもう……」
「急にしけたこと言い出してんじゃねえ! おめぇら。
冗談じゃねえ、何が壬生狼だ。
人集めて一度に襲いかかりゃ、あんな小娘の一人や二人……へっ、やってやる」
髭の浪人がいやらしい顔を浮かべる。

「小娘の一人や二人に、穏やかじゃないねえ」
と。今度は別の通りすがりの人間に、いきなり手首を掴まれた。
「なんだてめえ」

101 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:15 ID:LwdZVlNP
髭の浪人が凄むと、その相手は面倒臭そうに、独り言のように呟いた。
「しゃあねえなあ。後始末くらいはしてやるか」
「て、てめえは」
別の浪人がその相手の顔を見て言った。
「お、おい、見たことあるぞ。こいつ壬生狼だ!」

「何!?」
「ご名答〜」
吉澤だった。

「て、てめえ、離せ」
髭の浪人は吉澤に掴まれた手首を力づくでほどこうとする。
しかし強い力で掴まれているわけでもないのに、何故かほどくことができない。
髭の浪人が手を外そうともがいていると、吉澤はそれを難なく引き寄せ、耳元に顔を近づけた。

「冗談でやれるほど、壬生娘。は甘かねえんだよ」
飄々とした外見からは想像のつかない、ドスの効いた低い声だった。

「俺らに遊んで欲しかったら、郷里(さと)に帰って、軍隊でもつれてきな」
浪人の体でも臭ったのか、一瞬嫌そうに顔をしかめる。
「郷里ごと潰してやるよ」

体が硬直する。
表情をこわばらせた髭の浪人の頬を、汗がつたっていった。

102 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:16 ID:LwdZVlNP
「ま、昔は色々あったからね……」
懐かしい友人を思い出すかのように吉澤が話を続けた。

藤本と吉澤の二人は、再び吉澤お薦めの茶店へ向かって歩いていた。
後始末をしたい。と吉澤が言ったので、少し遠回りをした。

吉澤は、あれくらい脅しておけばもう大丈夫だろうと言った。
笑いながら楽しそうに新垣の様子を眺めていた時は、
割とそういったことに気を回さない性格なのかとも思っていたが、
何だかんだ言って最後まで見守ったあげくに後始末までしてやるのだから、
この娘なりに心配はするのだろう。

「ガキさんとかさ。がんばってるから許してやれなんてことは言わないさ。
なんだかんだカッケーこと言っても、俺ら人斬りだからね。
一人の腑抜けが隊の生死に関わる。それは分かってるよ。ただ……」
吉澤は空を見上げる。
「道はひとつじゃないと思うんだよね」

「特に後から入った娘たちはね……。ま、俺が言うのも何なんだけど」
しかし、だからと言って。
「甘いかい?」

103 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:16 ID:LwdZVlNP
「死ぬぞ」
あの程度の浪人相手ならばどうとでもなるが、
このまま戦いに身を置き続ければ、いずれ新垣のような娘は死に、それは組の死につながる。

「ははっ、そうかもね。やっぱ面白いなあ、あんた」
吉澤は笑った。その意味が藤本にはわからない。
「面白い?」
「心配してるんだろ?」

「いや――」
そんなことはないが、と言おうとしとして、止まった。
(……心配?)

新垣の、
地面に尻をつき、襲い掛かる浪人の恐怖に引きつった顔。
お前らなんかにいい世が作れるはずないと、浪人に向かって言ったときの顔。
何か心に引っかかるものがある。
しかしその引っかかりの正体も、藤本にはわからない。

「――そうかもしれない」
「あはははは、やっぱ面白い」
おかしな娘だ、と藤本は、笑う吉澤を見て思った。おかしな連中だ。

104 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:17 ID:LwdZVlNP
「あいつらは、宝に気がつかなきゃいけない」
吉澤が歩く藤本の邪魔をするように前に回りこんだ。
藤本は足を止める。

吉澤は腰を低くして、いたずらをする子供のように藤本を上目づかいで見る。
「そう、ここにあるね」
藤本の胸の中心を指で突いた。
「うわ! ぺったんこ」

吉澤の指先を目で追っていた藤本の動きが、自分の胸を見て止まる。
「いや。武士たるもの、胸はそんなもんでいい。そんなもんでいいんだ。
デカ過ぎても斬り合いには邪魔だしな。うんうん」
そう言いながら吉澤はとても楽しそうにしている。

「睨むなって、ジョークだよジョーク」
「じょーく?」
「洒落のことだよ、黒船の言葉」

105 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:18 ID:LwdZVlNP
別に吉澤の行動に怒ったわけではなかった。
それについては何も感じることはなかった。
藤本はそんな人間だ。

ただ、胸を突かれて、
それと全く同じことを自分にした、少女のことを思い出していた。
自らを人形と言っていた少女。

通りの向こうから歩いてくる人々の影が長い。
西の山に日が落ちようとしている。
町が刻々と色を変えていく時刻。鐘の音が、透きとおった空気に響く。

三人連れの武士とすれ違う。
笠を深く被り、その小奇麗な身なりと歩く仕種は、
いかにもそれなりの武家の者たちといった風情である。
各藩邸が多く存在し、政事の中心となっていた京都では珍しくない。

しかしすれ違いざま耳に入ってきたその武士たちの密話が、藤本の意識を捉えた。
「……見つけ……か」
「読……の勅旨…………会……」

「まあなんだ、胸のことは置いておいてもさ」
吉澤は歩きながら話を続けている。
「もうちょっと長い目で……って、あれ?」
隣にいたはずの藤本の姿がない。
「って、あれ? おい!」

106 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:19 ID:LwdZVlNP
「ちょ、ちょ待――」
「覚悟しろ貴様!」
「わかっているだろうな?」

大通りから外れた人気のない袋小路で、小さな諍いが起きていた。
笠を被った三人の武士が小路の奥の、
どこかの店の積み上げられた荷に向かって、罵声を吐いていた。
武士たちは口々に罵声を浴びせながら、脅すように周りの積荷を蹴る。

「待て」
不意に後ろから掛けられたその声に、三人は振り返る。
袋小路の出口に、藤本が立っていた。

「なんだ……貴様は」
武士たちは自然と腰の刀に手をかける。
それを受けて藤本も、腰の『独り舞台』に手をかけようとした、と。

藤本の目の前にすっと、後ろから手が伸びた。
吉澤だった。
「往来だ、ここは俺に」
吉澤は藤本より一歩前に出る。

「我らは壬生娘。組だ。貴様らも名乗れ」
「壬生……」
明らかに動揺が走る。
しかし武士たちはそのまま笠の奥で黙って顔を見合わせるのみで、名乗ろうとしない。

107 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:19 ID:LwdZVlNP
吉澤は武士の容姿をつぶさに見つめ、笠の奥を覗き込みながら言った。
「……阿佐(あさ)者か。ただの浪人どもとは違うようだな」

阿佐藩。
藤州、読瓜に次ぐ西国の外様雄藩である。
藩の方針は穏健な公武合体的であったが、内部では過激な勤王派の動きも活発で、
多くの藩がそうであったように、ここも倒幕と佐幕の間を絶えず揺れ動く藩であった。

阿佐藩士は月代の形に特徴があり、また、「阿佐の長刀(なががたな)」と言われるように、
長刀を好んで腰に差すため、見分けがつきやすい。

この時代。志士の多く、特に雄藩の出の者はあえて出身を隠すようなことはしなかった。
藩に誇りを持ち、自らも常に誇りを持って行動しているという自負があったためである。

108 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:20 ID:LwdZVlNP
顔を見合わせていた武士たちは、何かをぼそぼそとつぶやきあった後、
おもむろに刀を抜いた。
迷いのない抜き方だった。
腰が据わっており、そこらの浪人どもとは明らかに格が違う。
人を斬り慣れている。

「あー、抜いちゃ駄目だって」
吉澤が重い空気に似合わない気楽な声で言う。

「そんな物騒なもん見せたら、ここのこわ〜いお人にすぱっと斬られちゃうよ?
そういうの大好きなんだから、この娘」
藤本は黙っている。
「俺、蛇の次に血が嫌いなんだよ」
しかし武士たちは聞く耳を持たず、じりじりと間合いを詰める。

吉澤はしょうがない、というふうに首を振り、腰を落とし、鯉口を切った。
「壬生娘。さくら組副長助勤、吉澤ひとみ」
笑みを含んだ涼しい瞳。

「月光の吉澤!?」
武士の一人が叫んだ。

「……その名前であんまり呼ばないでくれるかな。なんか恥ずかしいから」
吉澤は嫌そうに言った。

109 :名無し募集中。。。:04/03/21 21:21 ID:LwdZVlNP
「壬生娘。の師範だ。気をつけろ!」
武士が叫ぶ。

「いいや、こいつは柔術の使い手だ。剣の腕はそれ程でもないと聞く」
「剣の間合いで懐に入れなければ怖るるに足らん」
他の武士がまた間合いを詰める。隙あらばすかさず斬りかかるという体勢。

「……ったく。どいつもこいつも」
吉澤は首の後ろを掻きながら言った。
「舐められたもんだなあ」
絶妙の間合いですらりと刀を抜く。
抜く瞬間の飛びかかる隙を相手にあたえない。

「いいものを見せてやるよ」
ちらりと横の藤本を見て、にぃと笑ってみせた。

それは今まで藤本に見せていたもののどれとも違う、獣の笑みだった。

110 :名無し募集中。。。:04/03/21 22:27 ID:dLlDqQio
かっけーな、よしこ。

111 :名無し募集中。。。:04/03/22 22:04 ID:l3Are9pb
どんなものをみせてくれるの?
楽しみーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

112 :ねぇ、名乗って:04/03/25 15:11 ID:DYudo11X
保守

113 :ねぇ、名乗って:04/03/28 17:27 ID:EXeW48wX
香取ご一行様ももうすぐ合流します

114 :ねぇ、名乗って:04/03/29 14:00 ID:yDYE6UPV
星湯

115 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:32 ID:TovsRMOO
「居ね、壬生狼(みぶろ)。おとなしく去れば、見逃してやる」

「はっ」
吉澤は鼻で笑う。
袋小路の奥の、乱れた荷の山を見る。

「どんな理由かは知らないが、この都で刀を抜いた以上、
見過ごしてやるわけにはいかないねえ。これもお勤めなんでね。
それにな――」
じいと阿佐藩士たちを見る。
「ちょいと腹が立っている」

もはや斬り合うより他にない。と、阿佐藩士たちは押し黙り、刀を構える。
三人が三人とも、全く同じように中段に構え、
切っ先を吉澤に真っ直ぐ向ける。

「……芸がないね」
吉澤の目から笑いが消える。

阿佐藩士らの構える刀は、藤本たちの側から見ると異様に長く、
反りの浅い刀身はまるで、巨大な鱶(フカ)のような迫力がある。

116 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:33 ID:TovsRMOO
長刀。
これもまた、時代を象徴するものである。

尊皇攘夷が叫ばれる混乱の時代に入ると、
一部の武士たちは好んで長い刀を差すようになった。

中でも勤王を叫ぶ志士たちが多く求めたことから『勤王刀』とも呼ばれるそれは、
長いもので刃渡りが三尺を超えるものもあるという。
一般に定寸(じょうすん)が二尺三寸とされているのだから、その長さは尋常ではない。

刀身の長さは一対一での間合いの優勢を保ち、さらに、
巻き藁を並べて「切る」演武のようなものではなく、
より実戦的に人を鎧ごと「断つ」ような意識をもって作刀されていたために、
反りは無と言っていいほどに浅く、折れないために分厚く、重くなっていった。

長い泰平の世の中で、日本刀は武士の象徴としての美術的な美しさ、
また日常生活で取り回しのよい長さのものが多く求められ、
中には刃紋の姿に彫刻のような技巧を施すものが流行するなど、
装身具的な意味合いが濃いものに変容していた。

そこに現れた勤王刀は、まさしく勤王志士たちの心を象徴するものでもあった。

様式の美に向かい、兵士としての本質を失いかけていた武士を象徴するものを、
それら美術品的、装身具的な刀群とするならば、
剛直で実戦的な印象のある勤王刀は、数百年前の乱世の再来の如く、
失われし兵士の本質への回帰を渇望する若き志士たちの心の顕れでもあったのである。

117 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:34 ID:TovsRMOO
藤本は吉澤より一歩後ろで、黙って戦況を見つめていた。
もちろん、何かあればすぐに刀を抜ける体勢ではいる。

吉澤の腕を信用していないわけではない。
実際に剣を見たことはないが、その立ち振る舞いからも、並の腕でないことは分かる。

しかし相手の阿佐藩士も相当に鍛錬を重ねている。しかも三人。
どう立ち合うつもりか。

藤本なら間髪入れず、相手が体勢を整える暇も与えず、抜いた瞬間に三人を斬り去っていただろう。
暗殺を生業にしてきた藤本は躊躇せず、ただ人を斬るために剣を抜き、剣を抜いたら人を斬る。
そこには武士同士特有の駆け引きのようなものはない。
だが吉澤は藤本を止めた。

小路。端から端まで二間ほどしかない。
そこに阿佐藩士三人が横に並び、同じように中段に構えている。
正面で吉澤と対峙している一人はやや後ろに引き、両端の二人がやや前めで、
吉澤を囲むようにしている。
刀の間合いを考えれば、まったく余分な空間がない状態と言っていい。

それぞれが全く同じ構えで、
長い刀をさらに長く持ち、剣先で牽制する。
先ほどの言葉どおり吉澤の柔術を警戒し、懐に入れさえしなければ、
三人がかりで一気に斬り伏せることができる。といったところか。

118 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:34 ID:TovsRMOO
ふっ、と吉澤が息を吐く。
そしておもむろに、上段に構え、そこからゆるりと剣を横に回した。
「!」
「!」
「!」

(……月?)
藤本の位置からは、それがまるで夜空に浮かぶ満月のように見えた。
相手を幻惑するようにゆるりと左から円月の軌跡を描いた剣先はやがて、
吉澤の斜め下、右足の前で止まった。

下段。受けの型である。
上半身に明らかな隙を見せ、
相手に攻めさせておいて後の先(ごのせん)をとる、誘いの構えである。
「三人いっぺんでもいいぜ、阿佐者」
吉澤の口の端がつりあがる。

「……ぐう」
「貴様……」
「……」
明らかに挑発している。

「……行くぞ。三人同時だ」
一人が残りの二人にささやく。

119 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:35 ID:TovsRMOO
しばらく。沈黙の刻が過ぎた後、真ん中の一人が動いた。
「きはぁぁあああああ」
吉澤の胸に突きを繰り出す。
それを追って残りの二人も頭、腰に向かってそれぞれ突きを繰り出した。

吉澤は体をわずかに後ろに引き、
下段に構えていた刀で、やや先行していた真ん中の一人の突きを下から受け、
腰を落としながら突きをせり上げるようにして刀の棟の上を滑らせる。
鉄と鉄が擦れる甲高い音が響く。

吉澤は体を引きながら、さらに腰を低く落とす。
涼しげな瞳が藤本の目に映る。その刹那。

藩士の足元が、ふわりと浮き上がった。

「うおっ!?」
しゃりん。と、
吉澤が剣を擦り上げながら上に振りぬくと、狭い小路で浮き上がった藩士の体は、
残りの二人のわずかに遅れた突きの体勢を妨害しながら、
剣と剣の触れ合った一点を中心にして風車のように回り、
地面に頭を向けてどさりと下に落ちた。
「ぐはっ」
倒れた藩士が息を漏らす。

(なんだ……これは?)

「秘伝、一徹膳返し。なんちって」
足元に舞い上がった土煙の中で、吉澤がにやりと笑った。

120 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:36 ID:TovsRMOO
「く、貴様あっ」
「何をしたっ」
「だから一徹……」

「きはぁあああああ」
「きぇええええい」
目の前で起きた出来事に一瞬怯んだ残りの二人だったが、
気を取り直して再び吉澤に斬りかかる。

が、その二人も同じように吉澤と剣が触れ合った瞬間、
何か不思議な力に天から釣り上げられたかのように、ふわりと足元が浮き上がらせ、
もんどりうって地面に叩きつけられた。

(これは、柔術か?)
それは確かに柔術の投げのようでもあった。
両者の触れ合う点が互いの刀のみという異様さを除けば。

刀が触れた瞬間に相手が異様なほど浮き上がる。
そしてまるで、自分の意志でそうしているかのようにくるりと回転する。

奇妙な光景だった。
阿佐藩士たちは吉澤に投げられては立ち上がり、狂ったように斬りかかる。
しかし吉澤と剣が触れ合うたび、また足元が浮き上がり、回転して地面に叩きつけられる。
吉澤という点を中心に、藩士が次々に円弧を描く。

121 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:40 ID:TovsRMOO
柔術の投げは基本として、相手の体の部位をとり、関節を極めて技を打つ。
何はどうあっても、どんなに一瞬であろうとも、
まず相手の体か衣服を取らねば投げは打ちようもない。

相手に全く触れずして投げ飛ばす技があるとすれば、
それは人知を超えた力でしかありえないのではないか。

確かに剣同士の仕合であっても、余程の力量の差がある相手ならば、
体(たい)の流れを見極め、いい拍子で相手を投げ飛ばせることもある。
しかしそれは相手が余程の未熟者で、体をかわすか少し足でもかけてやるだけで、
勝手に転んでしまうような状態の場合のみである。

だが吉澤はそれを技として使っている。それも剣先のみで。
柔術とひとことで言ってしまうには、それはあまりにも。

「合気(あいき)だよ。藤本」
吉澤は涼しげな瞳を藤本に向けた。

122 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:41 ID:TovsRMOO
合気とは技術的に言うならば崩しの技法のひとつである。

崩しとは、投げにおける連続した動きの中の一段階で、
相手の重心の均衡を変化させることである。

たとえば歩いている人間が石につまずいて転ぶ。
これは人が移動するという、重心が不安定な状態の時に、
目標としていた位置より手前でその移動を妨げられることから起こる。

止まっている人間をまずこの状態にする。簡潔に言うならばこれが崩しである。

通常は相手の重心移動を誘うために、自らも相手を捕らえて押す、引くなどの動きをする。
これが崩しの基本としてある。

相手も生きている人間なのだから、そう簡単にこちらの思い通りには動いてくれない。
投げの過程における見かけ上の運動量を線であらわすならば、
相手の動線を引き出すために、自らも同じ量の動線を引かなければならない。

しかし達人であればあるほど、崩しに要する当人の動線は短くなってゆき、
やがてそれは、相手の動線の延長に相反して限りなく点に近くなる。
つまり自らは全く動かず、相手だけが動くようになる。
そしてその点はやがて術者自身をも離れ……。

そのさらに高みに、合気の境地はあると言われる。

(刀から……相手の関節を極めているのか?)

123 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:42 ID:TovsRMOO
阿佐藩士たちは肩で息をしながら、長刀を杖のようにして立ち上がる。
「長い刀がもったいないぜ」
「ば、化け物」
「失礼な」
吉澤は少しむっとした表情を見せる。

「どうだい阿佐者、あんたら何か面白いことを知っていそうだ。
このままおとなしくついてくれば、これ以上痛い思いをしなくて済むよ」
「痛みなど恐れるかっ」
「ちええええい」
阿佐藩士は怯まず斬りかかる。

吉澤はふうと息を吐き、剣を触れずにかわす。
もはや体力を消耗し、長く重い刀に振り回されてしまっている。
かわすのはたやすい。

「壬生狼がっ」
「……やれやれ」

すると吉澤は、自分の刀を地面に突き立て、手を離した。
「さあ」
挑発するように、阿佐藩士に向かって両手を大きく開いた。

124 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:43 ID:TovsRMOO
「くっ」
「舐めるなっ」
三人は刀を構えなおす。

「断ったのはあんたらだからな。覚悟しろよ」
吉澤の足元に土煙が上がる。
三人は同時に斬りかかった。すると吉澤の姿が、
「……消えた?」

「間合いに入れないんじゃなかったのか?」
そう言った吉澤の体は、三人の間に割り込んでいた。
消えたのではなく、一瞬のうちに正面から視界を突き抜けていたのだ。

三人の斬りかかった瞬間、同時に吉澤も前へ突っ込んでいた。
無手の人間がわずか数歩の踏み込みで三人の剣を無力化した。
常人の見切りではない。

125 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:44 ID:TovsRMOO
「しっ」
吉澤は鋭く息を吐くと、一人の長刀の手元の指をとり、躊躇なく逆向きに折る。
ぼきりと鈍い音がする。
「ぎゃああああああ」
手首をとり、関節を極めて投げる。
相手は吉澤の体を中心にぐるりと回転して、背中から地面に叩きつけられる。
「ぐふっ」

そしてすかさず、距離をとろうと後ろ足に下がる藩士の膝を低い体勢で前に蹴り押し、折る。
藩士の膝が逆に曲がる。
「うごおおおおおお」

残った一人に対し、擦り寄るほどの間合いで体を密着させ、
自分の腰の脇差しを鞘ごと抜き出し、その柄を思い切り相手の脇腹にぶつける。
ごきり、と腹の近くで音がする。
「うぎゃあああああ」

126 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:45 ID:TovsRMOO
刹那であった。
土煙の中。吉澤と、少し離れた場所で戦況を見守る藤本だけが立っていた。

「なめんなよ」
吉澤は、倒れた阿佐藩士たちに向かい、涼しげな瞳を向けた。
「壬生娘。は伊達じゃぁないんだよ」
ぞくりとさせる視線だった。

「ぐ……なぜ斬らぬ」
指を折られた藩士が膝立ちで言う。
三人の中ではもっとも怪我が軽い。

「言ったじゃん、俺は蛇の次に血が嫌いなんだよ。それに――」
吉澤はいたずらをする子供のように、にぃと笑う。
「怪我人二人なら、一人で運べるだろ」

127 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:46 ID:TovsRMOO
「おっと、丁寧に動かせよ。肋骨が折れている。下手に触ると臓腑に刺さるぞ」
指を折られた阿佐藩士が、ふらふらとしながら二人を抱え上げる。

一人は肋骨が折れているが、他のところに怪我はないし、
もう一人は片膝を折られたが、一人に支えてもらえば片足で何とか移動できる。
そこまで考えて怪我を負わせたということか。

江戸の時代は、柔術が隆盛を極めた時代でもある。
これは泰平の時代と無縁ではない。

組み打ちの術とは本来、剣を失った時のための剣術の裏技的な技法であった。
それが戦乱の収まりから、剣に関する規制が増え、
剣術が心身鍛錬などの求道的方向に走っていく中で、柔術として内に組み込まれ、
新たな、剣を使わない時代の、剣を使わない護身の術として、脈々と技を編んでいった。

後の時代の柔道、合気道へとつながる萌芽が、この時代に力を蓄えたのである。

武芸が様式の美を備え、精神性を極めていく中、柔の術は剣のない時代に合気の境地に達した。
これはあるいは、江戸という長い泰平の世を経なければ生まれ出なかったものなのかもしれない。

128 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:47 ID:TovsRMOO
「これが、道はひとつではないということか」
藤本は、新垣が浪士とやりあったときに吉澤が言っていた言葉を繰り返した。
時が流れれば世は変わるのは必定である。
ならばその世にふさわしいものも、また変わってくるということか。

吉澤はふっと笑う。
「変わるのも悪いことばかりじゃないさ。隊服みたいにね」

「だが――」
そこで藤本は言葉を止める。

もし新しい芽が伸びてこなければ。
柔術が発展したのは、剣を使う場が失われつつも、
武士の精神と戦いの術は尚、必要とされていたからだろう。
その武士の振るう武芸の一部として、たまたま柔術が伸びてきたに過ぎない。

果たして壬生娘。は、武芸のように普遍と必要とされるものなのか。
合気の技が育まれる中、その影で消えていった、
数多くの流派の一つに過ぎないということはないのか。

129 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:50 ID:TovsRMOO
藤本の心の内を読んだかのように、吉澤が言った。
「だったら、滅びるのもまた道さ」

西の空の色が赤い。
町は刻々と色を変え、辺りの店屋は明かりを灯しはじめている。
行き交う人々の姿がすでに暗く、遠くの人間がどんな顔をしているのか、
もはやよくは分からない。

――たそがれ、という言葉は、
「誰そ彼」という言葉から来ているという話がある。
昼と夜という全く別の世の境目にあるこの刻は、人の姿を正しく捉えにくくさせる。
刻々と変化していく世の色に、目が対応しきれないためだ。

吉澤は指先で宙にくるりと円を描く。
「円だよ。昼があるならば、夜もまた、必ずくるものだよ」
「お前……」
たそがれの薄明かりの中、吉澤の表情は霞んでよく見えなかった。

130 :名無し募集中。。。:04/03/29 21:52 ID:TovsRMOO
と突然。袋小路の突き当たりの積荷が、がたがたと音をたてた。
二人の視線がすばやく動く。

「……いてててて」
崩れた積荷の中に、その姿はあった。
「酷い目におうてもうた」
頭を押さえながら上半身を起こす。
そういえば、阿佐藩士たちはこの人物を追い込んでいたのか。

その姿を見て、吉澤が呟いた。
「……岡村先生」
大きく目を見開いている。吉澤は明らかに驚きの表情を見せている。

「ん? 誰や?」
その、猿のような顔をした小男が、立ち上がって首をきょろきょろと振った。

131 :ねえ、名乗って:04/03/29 23:52 ID:4u1vMdgw
更新乙です。
>一徹膳返し
カッケ杉&ワロタ

そして…




岡村センセ キタ―――――!!!


132 :名無し募集中。。。:04/03/30 21:32 ID:LlUi9ihB
せんzせ

133 :ねぇ、名乗って:04/04/02 22:28 ID:ZIDF3j2h
先生もさぞや凄まじい使い手にちまいない

134 :ねぇ、名乗って:04/04/06 06:34 ID:JzhaiT8V
>98禿同
さくらのPVみたらマジ思った。
がなりとか金出してくんねかな。

135 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:08 ID:WYLPZZUv
四、夜四ツ

「先生、なぜ京都に……」
「お? おー! 吉澤か」
男は吉澤の顔をまじまじと見つめた後、嬉しそうに声を上げた。

変わった風貌の男だった。
乱れた総髪。背が低く、猿のような顔。
腰に二本の刀を差してはいるが、何より変わっていたのは、
よれよれの白袴から伸びる足を覆う黒い履物。
鈍い光沢を放つそれは、男のくるぶしの上まで覆い隠している。
「なんですかその格好は」
「おーこれか、ブーツやブーツ。かっこええやろ」
そう言って履物をこんこん、と指で叩いた。

(阿佐の岡村隆史か!)
藤本は二人の様子を眺めながら、一人の人物に思い当たった。
驚くべき人物である。

136 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:10 ID:WYLPZZUv
――岡村隆史。
阿佐藩の脱藩浪人である。
今や、流転する政局の渦中の人物で、
倒幕の鍵を握る重要人物の一人と目されることも少なくない。

昨年成立した読瓜・藤州同盟の仲介に奔走した中心的人物であり、
それまで仇敵として牽制しあってきた二雄藩が足並みをそろえたことは、
結果的に、幕府による第二次藤州征伐を失敗に終わらせた。

幕府にとって岡村はいわば大罪人であり、
是が非でも身柄を押さえたいはずの人物である。
壬生娘。組にとっても当然、敵。
あらゆる幕吏が理由をつけて岡村を捕えようとしようとしている。
もはや気軽に一人で町中をうろつけるような人物ではない。

吉澤が焦るようにちらりと藤本のほうを盗み見て、唇を噛む。
「先生……うかつな」
(……先生?)

しかし岡村はそんな吉澤の仕種など気にせず、楽しげに続ける。
「吉澤かあ、なつかしいなあ。元気そうやな」
「そちらこそ……お変わりないようで」
「紗里奈とは仲直りしたんか?」
「いや……」

137 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:11 ID:WYLPZZUv
阿佐藩士の一人が叫んだ。
「岡村ぁっ、貴様っ」
するとすかさず吉澤が、一瞬で藩士との間合いを詰め、腹に肘鉄を入れる。
「ぐっ」
「お前らの話は後でじっくり聞いてやるから、ちょっとあっち行っててくれるかな」
吉澤は三人で団子のようになって支えあう阿佐藩士を、袋小路の奥へと押しやる。

阿佐と言えば岡村の出身、つまり彼らにとって岡村は同郷人のはずである。
岡村は同郷人にも狙われているのか。

岡村はかつて、盟友の矢部浩之と共に、
『無否々党(ないないなとう)』という集団を阿佐藩内で組織し、
過激な勤王活動を行なっていた。

しかし無否々党が様々な曲折を経て瓦解した後、
岡村は阿佐藩を脱藩し、『滅茶勤王党(めちゃきんのうとう)』を経て、
読瓜藩の支援を受け『狂内社中(ぐるないしゃちゅう)』という商業団体を設立した。

最近では読瓜・藤州同盟を成立させた後、
脱藩の罪を前藩主、田森一義(たもりかずよし)より赦され、
再び阿佐藩と組んで新組織再編を模索しているとの噂も漏れ聞こえる。

138 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:12 ID:WYLPZZUv
田森と言えば、阿佐藩内の勤王派を徹底的に弾圧し、
岡村の同胞の命をも多く奪った人物である。
その田森と今さら手を組むとなれば、当然、勤王派の阿佐藩士からは反発もあろう。

岡村のそういった過去の因縁の枠を越えたあまりにも奔放な行動力が、
同郷の過激派を刺激し、標的にさせているのだろうか。

実際、藤本自身も岡村の噂を聞くたびに、それが幕府の敵たる倒幕派としての振る舞いなのか、
それとも倒幕の動きを邪魔する振る舞いなのか、わからなくなることがたびたびあった。
風貌だけでなく、行動も奇妙な男。というのが藤本の印象である。

そこでふと、岡村が自分を襲った阿佐藩士を見て、声を沈ませた。
「お前、まだ人斬ってんのか」
吉澤は黙る。岡村は履き捨てるように言った。
「幕府はもう終わりやで。いつまでもそんなところにいたら、お前も死や」

「徳光のオッサンもそんなんに巻き込まれて死んでもうたし。
徳さんええ人やったのに。いまさら何が降嫁や――」
その言葉を聞いた瞬間。藤本が岡村の胸倉をつかんでいた。
「何か知っているのか!」

そういった状況に慣れているのか。つかみ上げられ、つま先立ちになりながらも、
岡村は落ち着いた様子で吉澤のほうを見る。
「吉澤……なんやこいつ」
「ちょ、ちょっと待てよ藤本」

139 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:13 ID:WYLPZZUv
「おー! お前が藤本かー!」
岡村はつま先立ちのまま、嬉しそうに藤本の肩を叩いた。
「話は聞いとるでー。お前が藤本かー、ほうかほうかー」

しかし藤本の表情は変わらない。
「あやは……姫のことは知ってるか」
「……はあ? 何や?」
「藤本、ちょっと落ち着け」
「女だ。その時一緒にいた女のことだ」
「? ……何言うとんのや」
「降嫁だ。徳光が斬られた時、駕籠に乗せられていた姫だ。亜弥々姫と呼ばれていた」

「お前……そこにおったんか?」
岡村はしばらく藤本を見つめた。藤本も岡村を黙って見つめる。

「……今は読瓜にゴチになっとるんやから、俺も少しは知っとる。
そやけどな。降嫁なんてただのはったりや
公武合体派の持ち上げた苦し紛れの嘘っぱちやで」
「嘘をつくな」
「ほんまやて」
「本当か」
「ほんとうや」
「違う」
「ほんまや言うとるやろ! 降嫁なんてありません! キダムも来ません!」
「きだむ?」
「こっちの話や」

140 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:13 ID:WYLPZZUv
藤本が手の力を抜くと、つま先立ちだった岡村の体がすっと沈む。

こいつは知らないのだと悟った。
徳光の駕籠が降嫁の一団であったことも、その中にあやがいたことも。
読瓜がそうそう亜弥々姫の存在を明かせるはずはない。

「そいじゃ、俺はそろそろ行かしてもらうで」
岡村が着物の埃をはたきながら言った。
「待て」
藤本が刀に手をかける。
たとえあやの手がかりがつかめなくても、
組にとって大きな獲物であることは変わりがない。
壬生娘。に義理はなくとも、つんくとの契約のために職務は忠実にこなす。

「……何や。斬るんか」
「藤本! ここは待ってくれ」
「斬りたいんなら斬ってもええけどな。俺ごとき斬っても、なんも変わらへんで」
「頼む」
吉澤が何故か悲痛な表情を見せる。

「幕府が倒れるのはもう刻の問題や。
お前らもさっさと壬生娘。なんてやめて、郷里にでも帰ることやな」
たそがれに、岡村の姿がにじむ。
「武士の時代は終わりやで。刀振り回す時代はもう終わるんや」

岡村の小さな背中が、町に消えていく。
「……すまない。藤本」
吉澤の顔は、さっきまでの自信に満ち溢れた表情とは全く異なっていた。
「この借りはいつかきっと返す」

遠くで、時刻を知らせる鐘が鳴っていた。

141 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:15 ID:WYLPZZUv

――虫が、鳴いている。
黒い空に月が昇ろうとしている。

昼の熱をようやく開放しはじめた石畳の上を、
さくら組副長の矢口真里がずんずんと歩いていた。
おとめ組屯営へ向かう通路である。

相変わらず高い下駄を履いている。
屯所内でまばらに行き違う平隊士たちが、
月夜に浮かぶ矢口の形相に恐れおののき、慌てて次々に道を開けていく。

数歩遅れて、矢口と同じくらいの背の娘が小走りについてきている。
さくら組一番隊組長、加護亜依である。

「矢口さん、そないに急がなくても」
「うるさい! ついて来れないなら置いてくよ!」
今夜も矢口は機嫌が悪い。

今は実質、副長の矢口が一人でさくら組を切り盛りしているようなものだから、
気が張ってしまうのも仕方がないのだけれど、
もう少し気楽にやれないものだろうか、などと、
加護は自分が副長助勤であることを棚に上げて思う。

もっとも、今回いらだっている理由ははっきりしている。
先日さくら組が捕えた濱口、有野の両名が、
こちらの知らぬうちに別の場所に引き渡されるという話を聞いたからである。

142 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:16 ID:WYLPZZUv
不動堂村屯営内の留置所は既に捕えた不逞浪士で溢れ返っている。
さくら組の最初の取調べを終えた濱口と有野は、身柄は壬生娘。組のまま、
壬生娘。組の管轄から少し離れた、京都奉行所と共同で使っている牢に留置されていた。
そのときから、どこかおかしいとは思っていた。

二人はその勢いのまま屯所の一番大きな建物の中に入り、
矢口は高い下駄を脱ぎ捨てると、
少しでも風を通すようにと戸の開け放たれた廊下をずんずんと進み、
奥の広間の襖を開けるなり叫んだ。
「局長!」

「なんだ、矢口」
「矢口さん」

広間には、上座に局長の飯田、その横に、副長の石川、
続いて下座におとめ組一番隊組長の辻、四番隊組長の小川、
そして、一番下(しも)の縁側に、監察方の藤本が座っていた。

矢口の後ろで加護が、矢口の真剣さをからかうようにおちゃらけた顔をして見せると、
辻が笑いを堪えきれなくなって下を向く。

「……藤本」
矢口はその姿を見つけて苦々しく呟いた。

143 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:19 ID:WYLPZZUv
「有野と濱口を所司代(しょしだい)に引き渡すというのは本当か」
矢口は飯田の正面に座った。その後ろに加護が座る。
「……そうだ」
飯田が答える。

「何故だ! こちらになんの断りも無く」
「事後承諾になったのは謝る。しかし、もう聞き出せることは聞き出したのだろう」
「そんなことはない。確かに、はじめは大したことは吐かなかったが、
うちの吉澤と……そこの藤本が捕えてきた阿佐脱藩浪士の話によれば、
滅茶勤王党の残党の動きがあるというじゃないか」
「連中も残党だったのか」
「それはまだ分からん。だから、もしかしたら再決起の危険もあるかもしれない。
ならば、よゐこの二人を尋問する価値はまだある」

――『滅茶勤王党(めちゃきんのうとう)』。
岡村隆史もかつて所属していた、勤王過激派集団である。

阿佐藩で『無否々党(ないないなとう)』として活動していた岡村隆史と矢部浩之は、
それより以前に、既に倒幕の方針を打ち出し始めていた藤州藩からの支援を受けて、
『飛薬(とぶくすり)組』として密かな活動をしていた。

その後、無否々党が瓦解し阿佐藩を脱藩した岡村と矢部は、
よゐこら、他藩からも志を同じくする者を集い、
樹音(じゅのん)藩脱藩浪士、武田真治を党首として、
飛薬組を滅茶勤王党として再結党する。

144 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:21 ID:WYLPZZUv
武田真治と滅茶勤王党の活動はすさまじく、
それは特に京の町で、佐幕派公卿、幕臣の暗殺という形であらわれ、
阿佐藩公武合体派の指導的立場であった、下平さやかの暗殺にまで至った。
(下平暗殺の犯人には諸説あり、笑犬隊の内村光良という説もある)

これらは文久二年(1861)から文久三年(1862)の間のことであるから、
まだ壬生娘。組結成以前のことである。
滅茶勤王党が京で猛威を振るった頃、壬生娘。組はまだそこに居なかった。

しかし間も無く、滅茶勤王党の勢いは止まる。
幕府の権力闘争に敗れ、それまで隠居を余儀なくされていた前阿佐藩主、
田森一義が幕政に復帰したのである。

公武合体論を掲げる田森は滅茶勤王党を徹底的に弾圧し、
ついには首魁の武田真治に対し下平暗殺の罪を問い、切腹を命じる。
これで事実上、滅茶勤王党は瓦解した。

武田の切腹は、腹を三文字にかき切る、それは見事なものであったという。

145 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:22 ID:WYLPZZUv
「その通りだ」
飯田が言う。
「二人を尋問する価値がある。だから引き渡すのだ」
「何故だ!」

「うん。そこからは私が話そう」
突然、隣の部屋から男の声がした。
飯田が黙って石川を見る。
石川は立ち上がり、隣の部屋との間の襖を開いた。

男が一人、座っていた。
肌が黒く光り、やや猫背ではあるが眼光鋭く、口もとには不敵な笑みを浮かべている。
「……あんたか」
矢口が言った。

男の名は和田薫。幕臣である。
壬生娘。組の結成に大きく関わった人物であり、
その後も何かと壬生娘。の面倒を見てくれ、また、仕事の依頼もしてくる。

ただし壬生娘。との直接的な上下関係はなく、
また、壬生娘。自身、そもそも浪士の集まりで結成された独立的な組織であり、
彼女らも自らを国の危機に立ち上がった草莽の志士であるとする思いが強かったため、
幕臣に盲目的に従属するような意識は強くなかった。
そのため、縦と言うよりは横の、同僚のような関係がこの和田との間にはあった。

146 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:24 ID:WYLPZZUv
「うん。最近、阿佐藩と滅茶勤王党の残党の動きが活発というのは本当らしい。
そうだったよな、飯田」
「はい」

藤本はあの後、数日間に渡って密かに岡村を張り込み続けた。
やくざ者を何人か雇って見張らせもしたが、
岡村は毎日仲間を集めては酒を飲むばかりで、
あやの降嫁等に関しては何も有用な話がつかめずにいた。

ただし、確かに周辺の阿佐藩浪士の動きは活発で、
岡村を追っているうちにそういった話は多く入ってきた。

吉澤の頼まれたとおり、岡村の存在は隠していたが、
阿佐藩浪士らの動きは適当に飯田に報告していた。

「うん。これには幕府も頭を悩ませてね。わかるだろ、今、幕府はぎりぎりのところなんだ。
読瓜と藤州が同盟を組んで、これに阿佐が積極的に関わってくるようなことになると非常に困る。
幸い、今のところ阿佐の一義公は倒幕に懐疑的で、勤王には弾圧的だという。
そのために、阿佐の勤王派はこちらの方でも徹底的に消し去っておきたい。わかるな?
だから、阿佐浪士の取り締まりは京都所司代の方で包括的に組織することになった。
今後、阿佐藩士に関する取調べは所司代が一括して行なう。うん」
「なんだって……」

京都所司代とは、不逞浪士らによる混乱を受けて京都守護職という役職が新設されるまで、
京都の政事と治安維持を一手に引き受けてきた、老中に次ぐ要職である。
つまり、有事に緊急で設けられた壬生娘。組などとは異なり、
京都の包括的な治安維持活動は、本来なら所司代が行なっていたのは事実である。

147 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:25 ID:WYLPZZUv
「ウチらでやればいいじゃないか。
よゐこも、阿佐浪士も捕まえたのはウチらだ。ウチらに分がある」
「うん……。これは、決定だ」
「つまり、ウチらを幕府は信用できないってことか」
「矢口さん……」
加護が後ろで矢口の袖をつかまえる。

それはつまり、単純なことだった。
壬生娘。が捕え、聞き出し、狙いを固めてきたものを、
幕府が上から取り上げ、お抱えの所司代に与えようとしている。

「何をやってるんだ幕府は! 今は身内で手柄を争っている場合じゃないだろう!」
「矢口さん!」
和田に掴みかからんばかりの勢いで前へ出ようとする矢口を、加護が後ろから押さえる。

広間がしん。と静まり返る。
「……その通りだ、矢口。だから手を引け」
飯田が言った。
身内で争っている場合ではない。だから壬生娘。は手を引く、と。

「うん。これは京都守護職、つまり寺田殿も認めたことだ」
和田が言った。

148 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:28 ID:WYLPZZUv
「濱口、有野両名、そして阿佐浪士の所司代引き渡しは明後日の夜、
引き渡しの後、和田さんも尋問に立ち会うそうだ。一応その時に、
うちに引き渡すよう、再度交渉もしてくれるという」
和田が黙って頷く。

「こちらから和田さんに護衛を出す。おとめ組からは藤本をつける。
さくら組のほうからも一人出してくれ」
しかし矢口は黙っている。
「矢口!」
「……わかった」
「よゐこは所司代に引き渡せ、いいな」

「わかったよ」
うるさいと言わんばかりに矢口は一字一字を強く言う。
「さがっていいぞ、矢口」
飯田が冷たく言い放つ。
「圭織……」

149 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:29 ID:WYLPZZUv
矢口はそのまま顔を上げることなく、加護を引き連れて出て行った。

「いいんですか、飯田さん」
二人の足音が聞こえなくなると、石川が口を開いた。
「矢口さん、顔真っ赤だったよ」
辻が心配そうに矢口の出て行った方を見ている。

「いい。お前たちには、まだこれから話がある」
飯田が和田を見た。
やはり矢口の後ろ姿を見て、どこか気まずそうにしていた和田もそれを見て頷き、
さっきまで自分がいた部屋から一人の娘を呼んだ。

見た目はそのあたりの町娘と変わらない。
強いて言うならば、肩幅が広く体格ががっちりとしているくらいか。

女は目を伏せ、黙ったまま、和田の隣に座った。

「うん。この娘は、名をソニンという」

150 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:30 ID:WYLPZZUv
矢口は、もと来た石畳の上をずんずんと歩いていた。
歩く速さは来た時と変わらない。

「矢口さん……」
小走りでその後を追いながら、加護が心配そうに言う。

「紺野を出そう」
矢口が突然言った。飯田に言われた和田の護衛のことである。
「紺野ちゃん? ……大丈夫でしょうか」
加護は正直にそう思った。
紺野で務まるだろうか。

「違う。わからんか?」
矢口は立ち止まった。
加護は首を傾げ、しばらく黙った後、
「わかりません」
と言った。矢口がため息をついた。

151 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:31 ID:WYLPZZUv
「……そにん?」
首を傾げる辻に、和田が続ける。
「うん。朝鮮での名でね。向こうの血が混じっている」

黒船の来航により日米間に条約が締結されるまで、
日本は鎖国を保っていたが、それでも僅かながら外国とのやりとりはあった。
オランダ、中国、朝鮮などがそれで、
中でも朝鮮は、オランダと中国が「通商」と言われる貿易のみの関係だったのに対し、
「通信」と言われる正式な国交を持っていた。
もっとも、それは双方の経済的理由などにより、文化八年(1811)以降、絶えてしまっている。

しかし同時に、その裏で行なわれていた密輸などで局地的な関係は続き、
交流の中でごく僅かながらも混血児は存在した。
「うん。身寄りが無くてね。私が預かっているんだが」

話によると、ソニンは和田の下で密偵のような活動をしているという。
今は島原の遊女をしながら、体を張って得た情報を和田に伝えている。

中でもよゐこの濱口はソニンに相当入れ込み、濱口の行動は和田に筒抜けだったという。
「ああ、それで」
小川が言った。
そもそも和田には、
自分がさくらに濱口、有野を捕える仕事を流してやったという意識もあるのか。

152 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:32 ID:WYLPZZUv
「このソニンによると、よゐこの移送を待って、
所司代屋敷に滅茶勤王党残党が襲撃するという話があるらしい」
飯田が言う
「えっ?」と小川。
「じゃあ所司代に知らせてあげないと」

「その必要ないでしょ」
辻が言う。
「なんで!」
「だって、勝手によゐこが欲しいって向こうが言ったんじゃん。
当然、それにともなう危険だって持ってってもらわないと」
「でも、このまま指をくわえて見てるわけにも」

「そこでだ」
飯田が言う。
「横からかっさらおうかと思います」
石川が続けた。

153 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:33 ID:WYLPZZUv
「……まあいいよ」
矢口は再び歩き始める。加護は慌てて小走りでついていく。

どういうことだろうか、と加護は思う。
和田もああ見えて一応、幕府の要人である。
紺野はまだ経験も少なく、どこかぼうっとして用心に欠けるようなところがある。
あの性格は、警護に向いているのだろうか。
まあ、あの藤本が一緒なら大丈夫だとは思うが。

「逆」
「はい?」
「局長は……圭織は、ああ見えて、藤本を信用しちゃいない。おいらと同じくらいね。
その藤本を和田さんの警護につけるということは」
「言うことは」
「和田さんのところは重要じゃないということだ」
「はあ?」
「まあ、それでも藤本の腕ならいざって時は大丈夫って意味もあるのだろうけど。
あいつは集団行動には向かない。だから“外した”」
「……はあ」

154 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:36 ID:WYLPZZUv
「ええーっ」と再び小川。
「和田さんの交渉が決裂した場合、
残党の襲撃に便乗して、よゐこの身柄をこちらで確保させていただきます。
そうなれば、所司代も文句は言えないでしょう」

確かに、残党に屋敷を襲われる不備を露呈した後、
壬生娘。組に救われたとなっては所司代も声を強くはできまい。
しかしなんと。悪どいとでも言うか。とても正義とか誠の下に出る発想ではない。

「わくわくするね! こういうの」
辻が嬉しそうに言った。
「でも〜、そこまでする必要があるんですか」
小川が言う。
つまり、そこまでしてよゐこの身柄に壬生娘。がこだわる必要があるのかということだ。
ただの名誉欲であれば、それこそ身内の手柄争いでしかない。

「ああ。阿佐藩の田森一義公が近々上洛(京都入り)との噂がある」
読瓜と藤州が手を組んだ今、田森一義は数少ない有力な公武合体論者である。
読・藤のみならず、阿佐藩内部の勤王派も穏やかではあるまい。

もしも田森が暗殺されるようなことがあって阿佐藩が急速に読・藤に擦り寄れば、
一気に情勢が倒幕に傾く恐れがある。
逆に田森が強弁に公武合体を唱えつづければ、幕府は首の皮一枚でつながる。

155 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:38 ID:WYLPZZUv
(岡村はその工作のための上洛か)
藤本は岡村の周りを見張っていた数日間を思い出す。
矢口も言っていたとおり、何か起こる可能性もある。
(岡村はどちらだ)

「うん。本音を言えば、一義公のことも考えれば、
俺も所司代より、お前らに動いて欲しいんだよね。
所司代も悪いわけじゃないんだが、力の差を考えるとやはり」
和田が顔をしかめる。
「向こうが強引なやり方をして来るんだ、こちらも少々強引にやらんとな」
飯田がどこか嬉しげにうなずく。

「でも、おおごとにならない?」
辻が言う。

どう言いつくろっても、結局のところ、これは強奪である。
表面上は罪に問われずとも、これが壬生娘。の仕掛けたものだと気づく人間も少なくあるまい。
つまり、余計な恨みを更に買うことになる。
彼らにしてみれば、手柄が奪われるとしか感じないだろう。
まして、これが失敗に終わろうものならば――。

156 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:42 ID:WYLPZZUv
「だからこそ矢口さんには帰ってもらったのよ」
石川が言った。
「うむ。この件は我々おとめだけでやる。いいんですね。和田さん」
飯田が念を押す。
「うん。すまないが」

「たとえ片翼が死んでも、片翼が生き残れば何とか生きていけるだろう」
「飯田さん……」
飯田がこともなげにさらっと言いのけた。
それはつまり、命を賭けるということだ。
自らが死ぬかどうか、壬生娘。が潰れるかどうかの判断を、今ここでしている。

「常に死線なのだよ。小川。
壬生娘。が特別な存在であり続けられるのは、特別なことをしつづけているからだ」

「気の毒だが、今回さくらは蚊帳の外に居てもらう」
飯田は決意を強くするように、目に力を込める。
「泥はおとめが被る。いいな」

「いいよ」
辻が言った。
「はい」
小川が続いた。

157 :名無し募集中。。。:04/04/06 22:43 ID:WYLPZZUv
「紺野には悪いが、今回は貧乏くじだ」
月の光の下で矢口は決意を強くするように、口を強く結び、何度も頷いた。

「さくらはさくらで好きにやらせてもらう。
うちの局長がいない間、おとめの好きにやらせはしないよ。圭織」
加護はまだよく分からずに、首を傾げた。

158 :ねえ、名乗って:04/04/07 09:26 ID:2y5DiSFN
更新乙です。
本当に映像化して欲しい。
テレ東かどこかで年末特番として企画が進行中…

…だと良いな。

ところで今回の空き巣の件は藤本の差し金?

159 :名無し募集中。。。:04/04/07 20:28 ID:T79ZwZ1b
なっち局長ぅぅぅ============

160 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:01 ID:vKy26PFe
す、と襖が開くのを飯田がちらりと横目で見る。
田中が両膝をついている。
「三番隊。市中巡察より戻りました」
「うむ」
田中は膝を上げ、敷居をまたぐと、そのまま広間の奥に進んで行く。

「これで組頭は全員集まりましたね」
石川が飯田を見る。

不動堂村壬生娘。おとめ組屯営。
広間には既に飯田、石川、田中を含め、辻、小川、道重。
和田の護衛についている藤本を除き、おとめ組の幹部が揃っている。

庭に面した障子の色が、徐々に赤みを失っていく。
遠くから鐘の音が聞こえる。日の暮れたことを知らせる暮六ツの鐘。

これから鐘が鳴るごとに、宵五ツ、夜四ツと時を刻んでいく。
夜四ツの次が夜九ツ。いわゆる子(ね)の刻。零時である。
そこから今度は夜八ツ、暁七ツ、明六ツ(日の出)、と数えていく。

161 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:02 ID:vKy26PFe
田中は腰を降ろすと、額の汗を拭いながら、小さく息をつく。
「ふう」
「暑かった?」
道重が小声で聞く。
「うん。……この様子だと、夜になっても暑さは残ると思います」
最後の方は飯田のほうに向けて言っていた。

「うむ」
「濱口、有野の両名、及び先日の阿佐浪士三名の身柄は滞りなく、
六角牢より所司代の屋敷に移されました。
それと、この二日間、矢口副長のほうから直接何度か、
西町奉行所牢屋敷番に濱口らとの面会を求める要望が出されましたが、
受け付けられなかったようです。
その件に関して、さくら組と牢屋敷番の間に多少のいざこざがあったようですが、
目立った被害は出ていません」
「そうか。ご苦労だった」

162 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:03 ID:vKy26PFe
「勤王党の残党は、なぜ所司代への移送を待ったんでしょうね」
小川が前に乗り出す。
「ふむ」
確かにどこか引っかかりを感じる話ではある。

単純に、自分らより所司代の方がくみしやすいのだろうということは理解できる。
奉行所の牢屋敷(六角牢)の表の警備には、
牢を共用していることもあって、壬生娘。組も加わっている。
そこを襲うより、所司代屋敷牢を狙うというのは不自然というほどのことでもない。
驕りでなく、壬生娘。組のほうが所司代より武力に優るのは紛れもない事実である。

しかしどちらにせよ、そもそもよゐこの両名に、
わざわざ所司代屋敷を襲う危険を負うほどの価値があるのだろうか。

いや、あるのだろう。だからこそ所司代は身柄を欲し、
幕府は強引な手段を用いてまで壬生娘。組から、お膝元の所司代へと身柄を移した。

所司代への移管を申し渡されてから二日間。
六角牢に身柄を置く二人がまだ壬生娘。の管理下であったに関わらず、
その間も所司代が壬生娘。の介入を拒んだのがその証でもあろう。

163 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:04 ID:vKy26PFe
「襲うんなら運ぶ途中が一番いいんじゃないの」と辻が言う。
「相当厳重な警備体制でしたよ」と田中。
「まあ、白昼堂々と襲いかかるよりは夜を選んだのかも知れぬ」
「そういえば。御所の警備に変更があったらしいから、そのせいもあるのかも」
石川が思い出したように言った。

「それはどういうことだ」
「御所の警備がここ数日、強化されているそうです」
「何かあったのか」
「さあ……。藤州の朝廷工作になにか動きがあったという噂は聞きますが、そこから先は」
石川が首を振る。
「ふむ」

御所とは、天皇の座する禁裏周辺の公家屋敷が集中する一帯のことを指している。
いわゆる朝廷の動きは、大抵この中で行なわれる。
京都における幕府の中枢である二条城からは北東の方向に位置する。

京都所司代は、京都の治安維持と共に、御所周辺の警備を任じられている。
これは幕府が朝廷の動きを常に監視し、公家工作をするためでもある。

御所の警備に変更があったということは、
朝廷の中に何か動きがあるのかもしれない。
滅茶勤王党の残党もそれに連動している可能性がある。

「その分、屋敷内の警備が手薄になっている、ということもありうるか」
飯田は小さく呟く。
壬生娘。組は朝廷に対して政治的な関わりを持っていないため、
正式な経路を通してしか、その辺りの事情を知ることができない。

164 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:05 ID:vKy26PFe
所司代と壬生娘。は、現場でかち合う平隊士同士の仲こそ、それほど良くはないが、
組織上部では互いに協力関係が保たれている。決して対立してはいない。
しかしそれが重要な事案に関する話ともなれば、
情報を隠し、権利を主張するのもまた当然のことである。
たとえば飯田も同様に、和田から得た滅茶勤王党残党による所司代襲撃の密告を隠している。
恐らく所司代、或いは幕府も、壬生娘。の掴んでいない何かを掴んでいるのだろう。

(攻め方を違(たが)えたか……)
飯田は心の中で悔いる。
何を聞き出すのかこちらが分かっていなければ、
いくらこちらがよゐこの身柄を押さえていても、聞き出せたはずもない。

過去は過激な拷問でそれを補ってきた面もあるが、
近頃は幕府の沙汰もあって控える傾向にある。
それも壬生娘内にどこか緩い空気が蔓延してきてからのことだろうか、とも思う。
すべてが後手に回っている予感がする。

そのまま以前の壬生娘。を懐かしんでしてしまいそうになる自分を振り切るように、
小さく首を横に振る。
「勤王党の動きは?」
小川を見る。
「はい。見張りの報告によれば、残党の主な潜伏先と思われる寿司屋では、
今のところ大きな動きはありません。
その他、ここ二日間でさくらおとめ合わせて阿佐浪士による小競り合いが二件。
藤州浪士によるものが一件。
その他藩士、及び浪人によるものが四件」
「確かに阿佐浪士の動きが目立ってきてはいるな」

165 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:06 ID:vKy26PFe
「勤王党はどう来ますかね?」
小川の問い掛けに、飯田は石川を見る。
「はい」
石川が畳の上に大きな紙を広げる。
日が暮れ、暗くなってきた座敷の中に、蝋燭の火が灯される。

紙の上には、四つの建物の大まかな見取り図が細筆で描かれている。
「濱口、有野らを収監した牢は、所司代組屋敷内の北西に位置すると思われます」
石川が、飯田から見て一番左の建物を指さす。

『京都所司代』とは正確には役職の名のことを言い、
京都守護職が寺田光男であるように、京都所司代という役職を持つ者がいる。
無事勤め上げた後は、江戸老中に召し上げられるのが慣例となっているほどの要職である。

京都所司代は二条城北一帯に広大な敷地を持ち、
例えば京都守護職の手足として会府藩兵や壬生娘。組というものがあるように、
所司代も手足となる『所司代組』というものを持っている。
その所司代組の屯所が所司代組屋敷である。
所司代関連の建物の中では、一番西の外れにある。

166 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:08 ID:vKy26PFe
「東側の、飯田さんから見て右側に隣接する建物が所司代下屋敷(しもやしき)です」
石川の指が紙の上を動く。
「所司代組屋敷の門は五つ。東西南北と、北東に設けられた御用門。
このうち東門と北東門は所司代下屋敷に通じる門で隣接してますから、警備は万全のはずです。
とすると、残るは西か南北か。
牢からの近さで言えば、北門ですね。一門に集中するか、正反対から陽動するか――」

「我らの目的は、濱口らを“勤王党の襲撃から奪還すること”だ。
出てくるところを待ち伏せられればいい」
「ならば北側で張りますか? 見廻組(みまわりぐみ)の巡察とかち合う可能性もありますが」
「……いや、西にしよう。ここで見廻組と事を構えると面倒だ」

京都守護職配下には壬生娘。組や所司代の他にも、いくつか治安のための組があり、
守護職の指示によって警備担当区域が分担されている。
たとえば壬生娘。組は西本願寺周辺と祇園周辺が主な担当区域であり、
所司代は東本願寺周辺と御所周辺を担当している。

その中で京都見廻組は二条城周辺南北の警備を任されている。
旗本の子弟を中心に組織された見廻組は、幕府に対してもそれなりの発言力を持っており、
ここで介入を許すと後々面倒なことになる。
襲撃が発覚すれば駆けつけてくることは間違いないが、できれば事前に顔を合わせたくはない。

167 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:09 ID:vKy26PFe
「……さくら組のほうは?」
「特に目立った動きはありません。いつものとおりのようです」
道重が答える。
「ふむ……」
「和田さんの警護には紺野さんを出してきました」
「紺野、か」
飯田は顎に手を当ててしばし思案をする。
矢口はどういう思惑で紺野をよこしただろうか。

よゐこの身柄引き渡しに憤る矢口の気持ちは、飯田にも痛いほどよくわかる。

飛び抜けた剣力を誇る壬生娘。組ではあるが、
その反面、政治的な話に関わることはほとんど無い。
組織自体に政治的な性格は皆無と言っていい。
壬生娘。はあくまで、京都の治安を維持するための武力的な側面しか持ちあわせていない。

稀に政治的な意見書を幕府に具申することもあるが、
政治的なことに関して壬生娘。組はほとんど蚊帳の外であり、
その点では政事要職でもある所司代や、旗本の子弟で編成される見廻組らに、
一歩も二歩も遅れている感がある。
しょせん浪人の寄せ集めという、幕府の蔑んだ見方もそこにある。

そのことが、壬生娘。組の活動にも影響を及ぼしている。
例えば先ほどの朝廷の動きなど、
対処しようにも所司代や守護職を通してしか、情報を知りえないことは多いのである。

168 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:10 ID:vKy26PFe
壬生娘。の直接の上役である京都守護職、
寺田光男が幕府内部の政事にあまり熱心でないのも影響していた。

その結果、壬生娘。組はただの漠然とした「力」に甘んじ、
政事も絡めた大きな事変に対し、壬生娘。単独では、
包括的な対応ができないというもどかしい状態が続いている。
今、この幕府の危機に際してもである。

「所司代のほうは大丈夫でしょうか」
石川が心配そうな顔をする。
「被害が少ないにこしたことはないが。
だが、逆に勤王党の残党に簡単にやられてしまうようでは、
それが阿佐藩の動きに所司代が対応できないことの証でもある」
「……そうですね」
石川は自分を納得させるように何度かうなずいた。

飯田は政事に介入する力を欲している。壬生娘。のために。
ならば、組の存廃を賭けてでもやらねばならない。
もし仮にこれでおとめ組が消滅したとしても、さくら組は残る。
それが飯田にとって救いでもある。
そのためにも矢口には、耐えてもらわねばならない。

169 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:11 ID:vKy26PFe
「……よし」
飯田は決心を確かめるように口を強く結んだ。
「和田さんが所司代組屋敷に向かうより前に、こちらも行動を開始する」

「じゃあ、夜の巡察に行って来ます」
道重が立ち上がった。
「うむ」
「みんな。今夜からおとめ組は警戒態勢に入るが、
勤王党がいつ仕掛けてくるかはわからない。気を抜かず慎重に行動するように」

「ぶった斬ればいいんでしょ。ようするに」
難しい話には加わろうとしない辻が、大雑把なことを言う。

「また、たくさんの血が流れますね」
石川が言う。
「我らの行くところに血が流れぬことなどあったか」
飯田が静かに答えた。

170 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:13 ID:vKy26PFe
鐘が三つ鳴らされた後、続けて五つ鳴る。
宵五ツの知らせである。

あたりは完全に闇に包まれ、人の通りはなくなっている。
紺野は藤本と共に和田とソニンの警護に就き、所司代組屋敷へ向かっていた。
駕籠を使うことをすすめたが、
和田が「たまには歩いていこう」と言い出し、歩くこととなった。

歩きながら和田を見る。
紺野の持つ提灯の明かりでうっすらと浮かび上がった横顔は、
いつもと同じく、にこにこと笑っている。

昨日、副長の矢口に突然この任を言い渡された。
藤本と共に和田の警護をするのだという。

尋問の立ち会いは、幕府に悪評の立つような過酷な拷問を控えるという、
幕府側の政治的意図により施行されている形だけの制度らしい。
今回の場合更に、あまり勝手なことをされては困るという、
京都守護職による所司代に対する柔らかな圧力も言外に含まれているのだという。

どちらにせよ、恐らくは屋敷に入り、よゐこの顔を見て、
お茶でもいただいて帰ってくることになるのだろう。

171 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:16 ID:vKy26PFe
しかし紺野は矢口に、さらに別の任務も言い渡されていた。
藤本を監視しろとのことだった。

具体的なことはあまり説明してもらえなかったが、
とにかく藤本が任務外の不審な行動を見せたら、それを止めるか、あるいは妨害しろと言われた。
仲間の隊士に向かって穏やかではないように思えたが、
相手がこの藤本であるならば、それもあまり違和感はなかった。

紺野が藤本と初めて顔を合わせたのは、あの読瓜駕籠襲撃の時である。
敵として、刀を交えた。
刀の感触を今でも覚えている。
自分は成すすべもなく一瞬で弾き飛ばされた。
その時の、藤本の顔を思い出す。
表情は全く無かったが、鬼のように感じられた。

それが今、隣に並んで歩き、同じ人間を守っている。
不思議なものだ。と思う。

止めるにしろ、妨害するにしろ、できれば刀を抜かずに何とかしたい、と切に思う。

172 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:17 ID:vKy26PFe
(気まずい……)
海中から顔を出した魚のように口を尖らせて、ふう、と息を吐く。
藤本と、出発してから一度も言葉を交わしていない。

藤本に変な様子がないか、時折盗み見ては目が合い、
思わずわざとらしく目をそらす。ということを繰り返している。

和田は一人で楽しそうに、あちこちの建物を指さしてはソニンに向かって、
「あれが有名な呉服屋だ」「これが強欲な金貸しだ」と言っている。
ソニンは「はあ……」「はあ……」と適当に相槌を打っている。

(ああ、なんでこんな任務に就かされちゃったんだろう)
紺野は空を見上げる。月が昇る前の天には、美しい星空が広がっている。
(これがもし、あの人とだったら……)

と、突然、藤本の声が紺野の耳に飛び込んできた。
「お前――」
紺野は思わず顔を伏せた。
「思ってません思ってません。辻さんとなら良かったなんて思ってません」
「は?」
「……い、いや、なんでもないです。すいません」
顔を真っ赤にしても、薄明かりの下ではわからない。

173 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:18 ID:vKy26PFe
「新しい刀か」
藤本が紺野の腰を指して言う。
「え? あ、あ? はい、そうです」

確かに新しい刀である。
前に使っていた刀は刃がかなり落ちてしまっていたので、
壬生娘。組新編成で隊長に昇格するのに伴い、
思い切って新しい物を手に入れた。

刀に興味があるのかな、とも思ったが、
藤本はそのまま黙ってしばらく紺野の刀を見つめた後、
ふうん、と視線を前に戻し、
自分の腰の刀の柄を、ぽんぽんと二、三度軽く叩いた。

紺野は首をかしげて、これも奇妙な行動だけど、矢口さんの言うこととは違うよな、
と思いながら、再び息を吐く。
(気まずい……)

紺野は、そんな自分との最初の立ち合いが、藤本が刀を折る原因を作り、
その結果、藤本を危機に陥らせたことなどは知る由もない。

174 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:20 ID:vKy26PFe
屋敷に近づいてくると農村のような臭いが周囲に漂ってくる。
中で馬を飼っているせいだ。
話によると、所司代組屋敷では他にも犬や鶏を飼っているのだという。
これはそういった獣の体や糞の臭いなのだろう。

白く長い外壁を回りこみ、南の門の前に来ると、番兵に呼び止められる。
「待たれい」
後ろで数頭もの犬がうるさく吠え、威嚇する。
今にも襲い掛からんという勢いだ。

和田が番兵に名乗ると、しばらく待たされた後、門の中に通された。
案内に従って石畳の上を行くと、
屋敷の玄関をくぐったところで三人の娘に迎えられた。

「和田様、お勤めご苦労様でございます」
一段高い場所で平伏する三人の真中の、一番小柄な娘が半歩前に出て頭を上げる。
「京都所司代組を預かる、監鳥居組(かんとりいぐみ)組頭、木村麻美と申します」

175 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:24 ID:vKy26PFe
三人の娘はそれぞれ、木村麻美、里田舞、斉藤美海と名乗った。
それぞれ所司代組を取りまとめる監鳥居組の組頭を勤めているという。

京都所司代という役職には歴代、譜代大名の中でも強力な藩が就くこととなっている。
現在の所司代は、寺田との親交も深い花畑藩藩主、田中義剛である。

治安の悪化を受けて京都守護職が設置され、
所司代がその下部組織として取り込まれるのに伴い、
配下の兵、与力、同心などを取りまとめる者として、
監鳥居組が新たに所司代組の中に設けられた。
その権限は強く、所司代内部だけでなく、寺社に対する調査の権限も有している。

「石川どのはお元気ですか」
屋敷の奥の広間に通されると、里田がにっこりと笑って言った。
「は、はい。元気ですよ」
何も答えようとしない藤本に代わって、紺野が慌てて答える。
「そうですか。良かった」
「石川さんはここに勤められていたこともあるんですよね」
斉藤が言う。
「そうなのよ。でも石川さん、屋敷で飼っている鳥が苦手で」

「で、早速だけど濱口、有野、それと阿佐浪士たちの尋問はどうなっているのかな」
和田が遮るように話を切り出す。
すると、木村が笑みを絶やさないまま言った。

「ここまで足をお運びいただいて申し訳ございませんが、
立ち会っていただく必要はありません」

176 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:25 ID:vKy26PFe
「それは……なぜですかね?」
和田もそういった解答を覚悟をしていたように、笑みを崩さずに切り返す。

「みうな」
木村がそう言うと、斉藤が周りの番兵を人払いし、広間の障子と襖を全部閉める。
辺りがしんとする。離れたところから、犬の吠え声が聞こえる。

再び、監鳥居組の三人と、和田が座して向き合う。
ソニンはそこから半歩下がり、
紺野と藤本は護衛として、さらに後ろに下がって見守っている。

「実は、よゐこ及び阿佐浪士らに対し、所司代組は尋問する予定がございません」
「……それは?」
「言葉のままです。前阿佐藩主、田森一義様の入洛に伴う勤王派の阿佐浪士の動きは、
我らは既に、さる筋から捉えております」

和田は首をひねる。
「では、そのことは壬生娘。組に?」
「いいえ。阿佐浪士の大きな動きに対する包括的な取り締まりは、
お達しのとおり所司代が仕切りますので、情報の流出はある程度抑えさせています」

「ならば、よゐこらの移管は、単に情報漏洩を封じるためと?」
「それもあります。が、他に――」
木村がそこで一度言葉を切る。
「命を狙っている者がいます」

177 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:25 ID:vKy26PFe
和田が眉をひそめる。
「口封じか」

「実はよゐこらの身柄引き渡しを急いだのは、尋問のためと言うより、
まず重要人の身の安全を守るための意味が強かったのです。
そのために、少々強引な運びとなってしまいましたが」
「命を守るため……かあ」
「はい」
和田が腕を組み、思案するようにうつむく。

命を守るために、あえて牢に囲うということは確かにある。
それはその者が自らの身を守る手段に乏しく、
かつ、ある事象に関して重要な鍵を握るという場合に稀に使われる。
どこで凶刃に見舞われるか分からない町中よりは、
警備の整った牢の中のほうが安全ということはあるのだ。

しかしそこで、紺野は木村の言い分に違和感を持った。
よゐこらの命を守るため?
ならば何故、わざわざ六角牢から所司代に身柄を移す必要があったのだろう。
壬生娘。の守る六角牢のほうが、安全で言えば所司代より上ではないのか。

あるいは六角牢に、内通する者でもいるということだろうか。
だがそれより、木村はよゐこが重要人だから命を守る必要があると言った。
しかし、尋問の必要はもう無いとも言ったのではないか。
だとすれば、もはや命を狙う必要も、守る必要もないはず。

178 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:27 ID:vKy26PFe
「狙っているのは何者か、わかっているのかい」
和田が困ったように、ため息混じりに言う。
「は……」
そこで木村がソニンと、そして紺野と藤本を見る。

「ああ、彼女たちなら大丈夫。信用できる人間だし、聞いたことを漏らすこともない」
「はあ……」
木村は少しためらった後、意を決したように口を開いた。
「所司代が得た情報によれば、よゐこらの命を狙っている者は――」
ごくりと唾を飲み込む。

「壬生娘。さくら組副長、矢口真里」

179 :名無し募集中。。。:04/04/14 22:29 ID:vKy26PFe
蝋燭が灯された薄暗い広間の、襖がすっと開く。
顔を覗かせたのは壬生娘。さくら組五番隊伍長、亀井絵里。
音を立てずそのまま中に入り、襖を閉める。
「おとめ組屯営内、確かにひとけが無くなっています」

「そうか……」
目を瞑ったまま木像のように固まっていた矢口が、
意を決したように目を開き、立ち上がる。

「どこ行くんですか?」
加護が口をぽかんと開けている。

「所司代屋敷だ」
矢口は恐ろしいほどの真顔で言った。
小さな炎の下で、小さな影が揺れた。

180 :名無し募集中。。。:04/04/15 02:42 ID:rAaOhP0L
まってました!!!なっちはいつ?

181 :名無し募集中。。。:04/04/20 07:00 ID:CwCGNjOY
やっとおいついた

182 :名無し募集中。。。:04/04/21 14:17 ID:jeWtf4K5
名作のヨカーン

183 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:33 ID:DaBvF+Tu
鐘の音が夜の空に鳴り響く。

「戌(いぬ。宵五ツ)、か」
暗闇の中、飯田はひとり呟く。
あたりに人の気配はなく、野良犬の足音一つしない。

田中の予想したとおり、日が暮れても京の盆地から暑さが抜けることはなかった。
粘りけのある汗がじっとりと飯田の体中にまとわりつく。
ぬるい風が時折、所司代屋敷の家畜の臭いを飯田の鼻腔まで運んでくる。

所司代組屋敷の西側に位置する町人屋敷の軒下に、腰を降ろして腕を組んでいた。
阿佐勤王党残党による所司代組屋敷襲撃を監視するためである。

壬生娘。組は日頃から、京都内にこのような場所を数箇所確保している。
今回のような場合や、戦時における緊急の潜伏場所として家主を買収しているのである。
もちろんこれは正規ではなく、秘密裏に隠れ家として確保しているもので、
壬生娘。以外にこの場所を知るものは、たとえ京都守護職であってもいない。

ふ、と飯田の頭上にかぶさるように、人影が音もなく現れる。
「どうだ」
飯田は影に目もやらず言う。

「動きはまだありませんねえ」
緊張感に欠ける気の抜けた声は小川である。
小川は屋根の上で細い筒状の遠眼鏡を片目に当て、
所司代組屋敷を監視していた。

184 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:34 ID:DaBvF+Tu
「そろそろ和田さん達が来る頃だと思いますけど……あ、来た」
数頭の犬の吠える声が遠く所司代屋敷の方角から聞こえてくる。

「前から順に藤本さん、あさ……紺野、和田さん、ソニンさん。四人ですね。
やあっぱり紺野ちゃん、気まずそうだなあ」
小川は筒を覗き込みながら、どこか楽しそうに続ける。
「……あ、今、南の門から中に入りました」

飯田は腕組みのまま小声で会話する。
「警備はどうだ」

「南、西、北、と。東はちょっとここからだと見えにくいですけど、
各通り沿いにきれいに配置してますね。内側には犬もいますし、
さすがに今晩は警戒しているみたいです」
「ふん。“京ざる”の所司代も本拠ならそれくらいはするか」

飯田らが上洛して間もない頃、はじめて見た京都の“ざる”は、
それまで慣れ親しんでいたものに比べ目が粗く、
「豆腐も通す京のざる」と内輪ではよく言われていた。
それを揶揄して、飯田ら壬生娘。組の幹部は所司代の警備を皮肉交じりでそう呼ぶことがある。

元より、所司代の警備強化も想定してこの先半月は毎晩見張るつもりであったが、
初日は警備が浮き足立つことも多く、勤王党も狙う可能性が高い、と密かに思っていたが。

185 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:35 ID:DaBvF+Tu
「あ〜、でも」
屋根上の小川が筒を覗き込みながら言う。
「ちょっと変ですね」
「変とは」
「う〜ん。外側を巡回してる人たちなんですけど。
顔が変わらないんですよねえ」
「うん?」
「いえ、あの〜。所司代組の警備って、こう、二人組でぐるぐると、
屋敷の周りを回る方式だったと思うんですよね」
筒に目をつけたまま、指先をぐるぐると回す。

「でも今晩は同じ顔がいつも同じところにいるから、
たぶん回ってるんじゃなくて、それぞれの組が角で反転して往復してるんじゃないかと」
「……ふむ」
飯田は腕を組んだまましばらく考え込む。
つまり同じ面だけを一面ずつ、同じ人間で受け持っているということか。

「臭うな」
「馬だけじゃなくて、犬やら鶏やらいろいろ飼ってるらしいですからねえ」
「麻琴、そうじゃない」

186 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:36 ID:DaBvF+Tu
「どう?」
飯田の背後からもう一つ人影が現れる。
辻である。
辻の後ろには道重の姿もある。
二人とも黒の羽織の上に襷掛けをし、額に鉢金をつけ、両腕には篭手をつけている。
戦(いくさ)の装いである。

務めの性格上、大人数で動いて所司代に悟られないようにするため、
ここには幹部の他は平隊士を数人連れてきているのみである。
飯田ら先陣の後方で、辻が道重と共にその平隊士を従えて待機している。
何かあれば飯田がまず斬り込み、辻、道重と平隊士がその後に続く。

辻が軽く咳をする。
「風邪か?」
「うん? うん、ちょっと」
辻は自分でもよく分からないのか、首をひねって答える。

「だから寝冷えには気をつけろと、あれほど言ったろう。京の夏風邪は長引くぞ」
飯田は鼻から大きく息を吐く。
辻がけほんと咳き込む。
「つらければ屯所に帰れ。他の者に任せる」
「大丈夫」
「無理をして皆に迷惑をかけるくらいなら――」
「大丈夫だってば」
辻が声を荒げる。

187 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:38 ID:DaBvF+Tu
「しーーーーー!」
上の小川が目を剥いて口の前に人差し指を当てる。
「わたしだって壬生娘。の組頭だよ」
睨む辻をしばらく見つめた後、飯田はふっと口元をゆるめて上を見上げる。

いつの間にか、いっぱしの口をきくようになったものだ。
おとなしかったあの辻が。
体の大きさこそ入隊の頃と変わらないが、顔つきは随分と変わった。
今は後方の指揮を任せられるほどに成長してきている。
はじめて出会った頃の頼りなさから考えれば、大した成長ぶりだ。
少々寂しく、複雑な想いもあるが。

飯田は目を細める。
辻だけではない。
みんな、人によっては少しずつの者もいるが、
確実に成長している。

大丈夫かな。と思う。
もう大丈夫だ。安心して背中を任せることができる。
もう自分は常に、迷わず先陣を切っていける。
いつ命を失ってもいいかもしれない。

188 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:39 ID:DaBvF+Tu
「局長?」
辻が飯田を見て眉間に皺を寄せる。
「また飛んでっちゃってるんですかねえ?」
道重が飯田の視線の先を見つめる。
見上げた空は、薄い雲が月を覆い隠している。

これは賭けだ。飯田は思う。
うまく行けば壬生娘。組は阿佐の重要な参考人を取り戻し、
同時に、京都守護における主導権を握ることができる。

しかし失敗すれば。
重要な参考人を手に入れられないだけでなく、
おとめ組をも失うかもしれない。

だが壬生娘。組はこれからも京都を、そして幕府を、天子を守っていく。
そのための戦いだ。

ただ剣の力のみでここまでやってきた。
しかしこれからは、政事における力も壬生娘。には必要になる。
所司代を失墜させるためではない。あくまで京都の治安を思えばこそである。
今のように、現場も知らないような老人達に根幹を握られているような状況では、
足りないのだ。
だから政事の力を、剣で奪う。

189 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:40 ID:DaBvF+Tu
たとえおとめ組を失っても、さくら組があれば壬生娘。は生き長らえる。
そのためにあえてさくら組を騙すようなことをした。

「飯田さん?」
辻が飯田の目の前で手のひらを振ってみせる。

「いや……」
彫像のように固まっていた飯田がいきなり口を開き、三人はびくりとする。

「我々はまさしく梟のようだな、と思ってな」
その言葉に、三人は首をかしげる。
「飯田さんどうしちゃったの?」
「大丈夫ですか?」
「さあ? まあ〜、いつものことじゃ」

「梟には夜が似合う」
飯田は薄曇りの空を見上げ、ひとり微笑んだ。

「ふくろう?」
三人は声を合わせて、さらに首をかしげた。

もしこれが失敗したとしても、この辻たちの命までは奪わせまい。
そのために自分が先陣を切る。

190 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:44 ID:DaBvF+Tu
「そんなわけありません!」
紺野は思わず叫んでいた。
額にじわりと汗がにじむ。

矢口が濱口、有野の命を狙っている?
そんなことあるはずがない。
両名は壬生娘。組にとっても重要な参考人だ。

木村は紺野をちらりと見た後、和田に向かって静かに言った。
「もちろん、我々も確実にそうだと思っているわけではありません。
仮にも壬生娘。組の副長たるお方。我々とてにわかには信じがたい。ですが」
再び紺野と藤本を見る。
「そういった話がある以上、用心にこしたことはありませんので」

「その話の出所は教えてもらえないのかね」
和田が言う。
「さる筋、としか申し上げることはできません」
「ふむ……」
「それだけでは全く、矢口さんを疑うには足りないでしょう」
紺野は木村を睨んだ。

「壬生娘。さくら組四番隊組頭、紺野あさ美殿。でしたか。
我々もこれで、様々な“つて”を持っております。
その中で、矢口殿に関するお話を色々と耳にすることもあります。
たとえば……里田」
「はい」
里田と呼ばれた娘が前に出た。

191 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:45 ID:DaBvF+Tu
「壬生娘。組が有野、濱口両名――つまりよゐこ捕縛のために出陣したとき、
副長の矢口殿自らが先頭に立って指揮をお取りになった。御本人の希望だったそうですね」
里田が言う。

「それは……再編成で最初の大きい捕り物だったから、副長自らが責任を持ってやりたいと。
それに目的は捕縛であって、暗殺では」
「しかし、実際には有野は旅籠の一階ですぐに捕まり、濱口は屋根から逃走。
その後、そちらにおられる――おとめ組の藤本美貴殿により逃走経路を断たれる。
矢口殿はあとからその場に駆けつけた」
「それが?」
紺野が不満げに頬を膨らませる。

「つまり、旅籠突入のどさくさで斬ることができなかった」
「な!」
紺野はそのあまりに無礼な物言いに、日頃は小さな声を荒げた。
「ただの仮定じゃないですか!」

里田は紺野の叫びも意に介さず続ける。
「その後、二人の収容先を奉行所も管理する六角牢ではなく、
壬生娘。の屯所内に置くと強く主張したのも矢口殿です」
「それは身柄を確保したのが私たち壬生娘。組だからです。
あなた方のように、横槍を入れる方々がいるから」

192 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:46 ID:DaBvF+Tu
「横槍ではない」
木村が横から口を挟む。
「勘違いされては困る。これは幕府による正式な通達だ。
そこら名もない不逞の輩ならいざ知らず、元滅茶勤王党の幹部ともなれば、
見廻組か、長らく幕府の信任を得てきた田中義剛様配下の我らに回されるのが当然でしょう」
「それを横槍と言うんじゃないですか」

里田は構わず続ける。
「幕府の方から移管が通達された時、激しく食い下がったのも矢口殿と聞いております。
我々に事実上の身柄が引き渡された後も、しつこく面会を求めてきた」
「あの二日間、身柄は壬生娘。の方にあった。
むしろあなた方が会わせないようにしたのではないですか」
「暗殺の恐れがあったのだ。守るのは当然だ」
「すべて憶測でしょう」

卑怯だ。と思う。
悪意があれば、物事など、どうとでも悪く取ることなどできるのだ。
だから物事を推測する時には悪意なき洞察と、万人が認める証拠が必要になる。
そう紺野は思っている。
しかし彼女らは「さる筋」の名のもとに、悪意に満ちた仮定を積み重ねている。
敵と味方の区別さえあれば、真実などどうでもいいと言わんばかりに。

学者肌の紺野には、監鳥居組が矢口を疑っていることだけでなく、それが許せない。
客観無き憶測の先に真実など見えてくるはずがない。

193 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:48 ID:DaBvF+Tu
「まあ、可能性はあるのかもしれないね」
しばらく黙って聞いていた和田が口を開いた。
「和田さん!」

「しかし木村さん。矢口がそこまでよゐこを暗殺したがる理由はなんだろう」
そうだ。いくら状況から悪意に満ちた仮定を組み立てられても、
矢口さんにはよゐこを斬る理由が無い。

すると木村は少しも表情を変えず、続けた。
「第二次藤州征伐が完全な失敗に終わった背景に、
内部からの密告があったという話はご存知でしょうか」
「うん。まあそういうこともあったんじゃないかという話は聞いているが」

幕府による第二次藤州征伐が失敗した最も大きな原因は、
長年の仇敵であった読瓜藩と藤州藩の間に軍事同盟が結ばれたためとされている。
しかしそれ以外にも、求心力を失った幕府に対する諸藩の従属の意識の低下や、
それにともなう情報の漏洩も確かにあったと聞く。

「矢口殿は以前、藤州と関係を持っていたそうですね」
紺野は、はっと息を呑んだ。
ちょっと待て。この人はもしかして、矢口さんのことを。

194 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:50 ID:DaBvF+Tu
「藤州の数ある諸隊の中でも奇兵兵兵隊(きへいへいへいたい)に並ぶと言われた笑犬隊。
そこに取り入っていたとか」
「それは藤州の軍備状況を探るために」
「どうでしょう。状況を探るために潜り込んだ者が、
逆に相手に取り込まれてしまうことも珍しいことではない」
やはりそうだ。監鳥居組は矢口さんを内通者として疑っているのだ。

「まあ、笑犬隊は隊長格の南原と内村が読瓜の手の者に斬られて壊滅しました。
ところでご存知の通り、滅茶勤王党は藤州藩に支援基盤がありましたが、
阿佐藩に対する勤王活動の多い集団でした。
それはひとえに、阿佐藩出身の浪士が多く所属していたからです。
そして中でも大きい影響力を持ったのが、阿佐藩浪士岡村隆史。
聞くところによると、矢口殿はこの者とただならぬ関係にあったとも」

――岡村隆史。
しばらく忘れていたその名を聞いて、紺野はある種の衝撃を受けた。
確かにその名を、壬生娘。は知っている。
ほぼ、互いに敵対するような立場になってからも尚、未だ先生と呼ぶ者もいる。
或いは矢口も。

195 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:53 ID:DaBvF+Tu
「いや、そんなことは……」
紺野は瞳を宙にさまよわせながら尚も食い下がる。
「その筋によれば、有野と濱口は、矢口殿と藤州の関係について重大な証拠を握っていたとも」
「そんなわけありません」

「果たしてそうでしょうか。
いや、もしかしたら、そちらの方ならご存知かもしれない」
そう言うと、木村は和田からも紺野からも視線を外し、一人の娘を見た。

「どうでしょう? ソニンさん」
「え?」
意外な指名に驚く。
さくら組の紺野はソニンのことを知らない。
紺野は、ソニンのことをただの和田の付き人程度としか思っておらず、
しばしその存在を忘れていた。

「元笑犬隊隊士ソン・ソニン。あなたは笑犬隊初期より前線部隊に所属している。
しかしその正体は、どうやら和田様ご配下の者であったらしい。
とすれば、矢口殿がご存知だったかは分かりませんが、
同じく笑犬隊の内部事情を探っておられた。
笑犬隊壊滅後、島原にて滅茶勤王党幹部、濱口優とも深いかかわりを持ったあなたならば、
もっと詳しいことをご存知ではないのですか」

196 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:54 ID:DaBvF+Tu
遠くの鐘の音が、さくら組の屯営に響く。
刻を知らせるため、まず三度。その後、五度打ち鳴らされる。
宵五ツを知らせる鐘。

「なんですって?」
蝋燭の小さな炎のもと、加護がぽかんと口を開けたまま言う。

「なんでもなにも、そのままだ」
立ち上がった矢口が、腰に刀を差しなおしながら加護を見下ろす。
「所司代屋敷へ行く。恐らくおとめ組もそこにいる」
「は?」

口をぽかんと開ける加護を無視して、矢口は亀井を見る。
「亀井」
「はい」
「新垣を呼べ」
「はい」

197 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:56 ID:DaBvF+Tu
矢口は襖を開け、座敷を出る。
慌てて加護も立ち上がり、腰に刀を差しながらついていく。
「吉澤はいるか!」
矢口が廊下で大声で叫ぶと、すっと目の前に大きな影が現れる。
「ここに」
早足で歩きながら言う。
「留守を頼む」
「……は」

屋敷を出ると、平隊士に蔵を開けさせて防具を運び出させる。
矢口はそれらを受け取り、手早く体に纏いながら言う。
「少人数で動く。加護、新垣は各隊精鋭を三名ずつ選び、
出動の準備をさせろ。亀井もだ。吉澤と残りの隊士は屯所で待機。
忍びだ。灯りは最小限で」

「あの……なにを」
加護が恐る恐る聞くと、それまでこまごまと動いていた矢口は、
立ち止まって答えた。
「さくら組はこれより、
濱口、有野両名、及び阿佐浪士三名を取り返しに、所司代屋敷へ向かう」

198 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:57 ID:DaBvF+Tu
「……ん?」
小川が屋根の上で小さく呟く。
「動きがあったか?」
飯田が言う。
「いえ……笛の音だ」
「笛?」

飯田は耳を澄ます。
確かに、遠くの山合からかすかに笛の音が聞こえてくる。
「……祇園囃子か」
それは京都の祇園祭特有の、祇園囃子と言われるもののようだった。
山鉾と呼ばれる祇園祭最大の見物である山車を取り回すときに演奏される。

恐らくは一人で演奏されているその笛の音は、
俗に「コンチキチン」と言い表される独特の鉦や太鼓の音が伴っていないためか、
どこか寂しく感じられた。

199 :名無し募集中。。。:04/04/22 21:59 ID:DaBvF+Tu
「ああ、そういえば本当なら今頃は、祇園祭の最中だったんですよね」
「小川はまだ見たことなかったか」
「ええ」

飯田も京都に生まれ育ったわけではないから、
祇園の祭りにかける京洛人の気持ちまでは分からないが、
はじめて祇園の祭りを見たときの、あの大きな通りを占拠し立ち並ぶ山鉾の荘厳なつくり、
溢れかえる人々の喧騒、そして夜のどこまでも続く無数の提灯の灯りは、今でも覚えている。

飯田のふるさとである蝦夷はもちろん、江戸でもあんな思いをしたことはなかった。
それはまるでこの世ならぬ、夢幻の迷宮に迷い込んだかのような、
まさしく一月かぎりの祭りの街であり、宴の都であり、暗闇に浮かぶ一塊の灯火であった。

京都に来てまだ二年程度の小川はそれを見たことがない。

何故なら京都で毎年この時期、一月に渡って行なわれていた祇園の祭りは、
三年前の幕府と藤州の激突によって生じた大火で多くの山鉾を焼失して以来、
僅かな神事がひっそりと行なわれているのみだったからである。

祭りが催されないことを残念がる声も少なくなかったが、
幾多の山鉾を作り直す余裕も、活力も、今の京都にはなかった。

200 :名無し募集中。。。:04/04/22 22:00 ID:DaBvF+Tu
「動き無いですね……」
小川が呟く。
「どこから来ると思います?」

石川との話によれば、牢から一番近い北門。
しかし滅茶勤王党の残存勢力をまだ見極めきっていない。
首領の武田真治は失ったものの、まだ強力な幹部は息をひそめ、
京都のあちこちに潜っているという話もある。

正面から来るか、それとも壁を越えてくるか。
もし残党の規模がこちらの予想を上回るものであれば、
もっと思い切った行動に出てくるかもしれない。

とその時、祇園囃子の笛の音がやんだ。
「あ、動きました!」
遠眼鏡を覗いていた小川が言った。
目に見えない緊張が、飯田らの潜む屋敷の中を走る。

「どこの門だ」
飯田はその場から所司代組屋敷に向かって目を凝らす。
大きい動きがあるようには見えない。
大人数で門を突破するようなことがあれば、声にしろ人の動きにしろ、
必ずこちらから見て分かるなにかがあるはずだ。

201 :名無し募集中。。。:04/04/22 22:02 ID:DaBvF+Tu
「北か?」
「いえ……」
「南か?」
「東……です」
「何?」
東側と言えば、隣の所司代下屋敷に接する通りであり、一番監視の目が多い場所のはずである。
事前の話し合いでも可能性は最も低いとしていた。
だから西側のこの屋敷に監視の拠点を構えた。
(東?)

「犬は」
「わかりません。薬で眠らされているのかも」
「人数は」
「三……四人。あ、いや、どこだ? 増えてます!」

「行く?」
辻が後ろから姿をあらわす。
「まだだ、待て」
壬生娘。組の狙いはあくまで“脱走した罪人の奪還”である。
よゐこ及び阿佐浪士が所司代組屋敷から脱走か、
あるいはそのそぶりを見せるまで待たねばならない。
“通りすがりの部外者”が屋敷のそばに踏み込めるだけの条件が必要なのである。
その見極めは慎重にしなければならない。

しかし何故、奴らは東から現れることができたのか。

202 :名無し募集中。。。:04/04/22 22:03 ID:DaBvF+Tu
「知っている顔はあるか?」
「灯りを持っていないので、ここからでは分かりません」
屋敷の内の階段を上り屋根に出る。
「貸せ」
小川から遠眼鏡を奪い取るようにして覗く。

確かに、五つ六つの影が静かに、屋敷の中を窺いながらうろついているように見える。
所司代の警備の姿はない。
近くに灯りが一つも無いため、見えるのは空からの僅かな光りに浮かび上がる影だけであり、
顔など判別しようがない。

滅茶勤王党の幹部が出てきているのか、そもそも滅茶勤王党なのか、
それすらまだ分からない。
「飯田さん!」
下から辻が急かす。

「……北西の牢に到達したら教えろ」
飯田は自分の心を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐くと、
遠眼鏡を小川に返した。
勤王党がよゐこを救い出さなければ、無意味なのだ。

たとえば今、所司代組屋敷に侵入している者が、
“よゐこ脱走のためにやってきた滅茶勤王党の残党”でなかったら。
誤って突入して、間違いでしたでは済まない。

203 :名無し募集中。。。:04/04/22 22:04 ID:DaBvF+Tu
飯田は、北側を占める広大な所司代の“領地”を含めた二条城の一帯に目を凝らす。
(敵はどこにいる)

階段を下りる。

滅茶勤王党の残党を、壬生娘。組は正確に把握しきれていない。
聞いた噂は有象無象のものばかりだった。

(どうする圭織……)
今、どれくらいの武力を持ち、財源を保持し、組織としての体裁を保っているのか。
もしその中でも最悪のものが真実だとしたら。
もし。
その規模が今この人数では抑えきれないほどのものだったら……。
所司代の被害も見過ごすわけには行かない。
(紺野。藤本……)

「侵入者、北西の牢に到達しました! 見張りが倒れているようです!」
小川が屋根の上で叫んだ。
(牢に取り付きさえすれば、言い訳は立つ。か)

「よし、出るぞ!」
言うや否や、飯田は自ら先陣を切って所司代組屋敷に向かい駆け出していた。

204 :ねえ、名乗って:04/04/22 23:13 ID:GZb3pMTk
更新乙です。
読んでてすっげえ緊張しますよ

205 :名無し募集中。。。:04/04/29 10:31 ID:eXnVYEjd
今一番更新が楽しみなのはここだな

206 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:07 ID:KjWIOiOV
「木戸番閉まっちゃいますよ」
「構わない。緊急時だ」

――さくら組屯所。
武具類を収めた蔵の前で加護と矢口が向き合っている。

扉の横に置かれた二つの大きな篝(かがり)に焚かれる炎が、
白い壁に映りこむ二人の影を揺らす。
くべられた木片が炎に弾け、火の粉を巻き上げる。

加護はまだ、矢口の判断に迷っているところがある。
性急すぎる気がする。

矢口がおとめ組――というか、局長の飯田に対して、
常々不信にも似た感情を抱いていることは知っている。
二人の対立ははっきり表面化することこそなかったが、
以前からうっすらと、半紙の上にぽたりと落ちた薄墨のように、
じわりと、知らず知らずのうちに広がっていたように感じていた。

それは藤本の加入によって少しずつ形を成し、
今回のよゐこ所司代引き渡しでより明確なものになったように思う。

207 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:08 ID:KjWIOiOV
(おとめの好きにやらせはしない)

おとめ組屯所からの帰り道、矢口ははっきりとそう口にした。
もちろんそれまでも組同士の対抗意識のようなものはあったし、
互いに負けん気を口にすることはあったが、
加護を前にして、飯田を名指しにそこまではっきりと言ったのは、初めてであったように思う。

そして今回の性急な動き。
とぼけたふりをしてその都度はぐらかしては来たが、
加護の中には、矢口に対する拭いきれない違和感のようなものがある。
矢口は何かに焦っていないか。

「副長。取り返すって、どういうことですか?」
そう、二人の間に割り込んできたのは新垣だった。
矢口は威圧するような目で新垣を見る。

留守番を言い渡された吉澤は、少し離れた場所で何も言わず成り行きを見守っている。
亀井は蔵から運び出される防具を逐一確認しながら、
彼女なりにこの異様な雰囲気を感じ取っているのか、
ちらちらと不安げに視線をさまよわせている。

208 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:10 ID:KjWIOiOV
「取り返すのは、おとめ組になるだろう」
「?」
新垣は首をひねる。
「それって、おとめが所司代屋敷にいるってことですか?」
「……そんなところだ」

新垣はさらに反対方向に首をひねる。
「どういうことですか?」
「詳しいことは加護に聞け」
矢口は冷たくそう言い放つと、
新垣から視線を離して篭手を手に取り、左腕に巻き、固定するための紐の片端を口にくわえる。
言われて新垣は加護を見るが、
加護は困ったように、黙ったまま矢口を見つめつづける。

「やっぱやばいっすよ。局長に断りもなく」
「やはり拷問でも何ででも、無理矢理吐かせればよかったんだ」
矢口は新垣の言葉を無視して独り言のように、呟く。
篝火にあてられて加護の額にじっとりと汗が滲み出る。

「……新垣ちゃん」
加護はゆっくりと口を開いた。
「たぶん、おとめ組は何か掴んでるんだよ」

209 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:10 ID:KjWIOiOV
「ん?」
不満そうにしていた新垣がさらに眉間に皺を寄せる。
「新垣ちゃんも、飯田さんが素直によゐこを所司代に渡したの、
ちょっとおかしいと思たでしょ」
新垣は腕を組み、首を傾けてしばらく考えてから答える。
「うん」

「この二日、うちらは六角牢に近寄ることもさしてもらえなかったけど、
その間にうちも矢口さんに言われて色々と探ってたんよ」
「うん」
「そしたらここ数日、所司代の御所警備が強化されてるって話があった」
「うん」
「だからその間、所司代屋敷の警備が手薄になるんじゃないかって」

「……うん? じゃあ、おとめ組が代わりに屋敷の警備をするってこと?」
「そこまで飯田さんもお人よしやないよ。矢口さんの受け売りやけど」
ちらりと矢口を見る。

「飯田さんも、実はよゐこの身柄引き渡しを認めてないんじゃないかって」
「え? それってもしかして……」
新垣の眉毛が八の字になる。
「所司代の警備薄くなったの狙って、飯田さんが所司代屋敷襲うってこと!?」
「ちゃうわ、あほか」

210 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:11 ID:KjWIOiOV
「襲うとしたら、滅茶勤王党ですよね」
亀井が口を挟む。

「あ、そっか。まだ残党がいるもんね。よゐこは元幹部だし、
屋敷の警備が薄くなることを知っていれば、当然救い出すことも考えるよね。
……ん? じゃあ、おとめ組は何をしに? 警備じゃないんだよね」
「そやから、飯田さんは横取りを狙ってるんやないかと」

「あ、なるほど〜、だから“取り返す”か。……って、ええ!!」
新垣は大袈裟に手を打った後、大きく目を見開く。
「それやばいじゃないですかー!」

新垣は一人で焦っている。
亀井は何故か満足げに微笑んでいる。

そうだ。危ない。と加護は思う。
勤王党残党と対峙する。それだけでも決して楽なことではない。
しかしそこから更に、飯田は“勤王党残党が救い出したよゐこ”を、
更に奪還しようとしていると言うのだ。
襲う勤王党、守る所司代組。そこに横から加わってよゐこを手中に入れようと言う。

矢口からその推測を聞かされたとき、加護はにわかには信じられなかった。
今、数々の功を認められ、ここに大きな屋敷を構えるまでに至ったこの時期に、
壬生娘。がそこまでやる必要があるのか。

少なくとも京都守護においては、壬生娘。組は磐石の地位を築きつつある。
ここであえて、自らその地位を手放す危険を冒す理由があるのか。

211 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:12 ID:KjWIOiOV
その時、そう言うと矢口は答えた。
(昔の壬生娘。はそれくらいのことやってきたんだ。圭織なら、やるさ)

まだ足りないというのか。
この地位に安住することを、飯田は望んでいないということなのか。

加護は新垣に、よゐこ引き渡しに素直に応じた飯田がおかしかったと言った。
しかし心の内では、飯田の行動にどこか納得している自分もあった。
だが今、矢口の推測を証明するようにおとめ組が屯所を空けている。

「圭織は和田さんと共謀しているということだ」
それまで黙って聞いていた矢口が口を開いた。
「和田さんも?」
「それならすっきりするだろ。あの人なら持ちかけかねん」
確かに。
和田と結託しているのならば、その信頼性も狡猾な策略も格段に説得力を持つ。
しかしならば、さくらは余計に――

「前阿佐藩藩主、田森一義公も上洛されるという話もある。
だとすれば、それは断然、滅茶勤王党の残党だ」
矢口が続ける中、加護は思う。

ならば余計に、さくら組は動くべきではないのではないか。
和田と飯田が詳細な策略を持っているのであれば、
そこにさくら組が無闇に顔を突っ込むのはかえって危険なことではないのか。

212 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:13 ID:KjWIOiOV
事はよゐこの身柄だけでなく、壬生娘。の存続にさえ関わる。
これは同じ幕府指揮下の組織同士の内紛のようなものである。
しかもよゐこは幕命で壬生娘。組から所司代組に引き渡されたばかりだ。
壬生娘。の不利に転ぶ可能性のほうが高い。

確かに戦力は多いほうがいいというのはあるだろう。
しかしそれでも飯田はさくらに隠した。

飯田は戦功を争って隠しごとをするような人間ではない。
ならば理由は一つではないのか。
さくら組を巻き添えにしたくないのだ。
その意図を矢口は分かっているはずだ。

それでも尚、矢口が出撃に拘るのは何故だろう。
ただのおとめ組――飯田への対抗意識とも思えない。

「滅茶勤王党は――」
そこで矢口は言葉を一旦切る。
矢口は加護を見ていた。

「圭織が危ない」

213 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:13 ID:KjWIOiOV
(少し遅れているか)
飯田は暗闇を駆け抜けながら後ろを振り返った。
陣を構えていた屋敷から距離にして約三町ほど。
後発で平隊士を引き連れた道重らの出足が遅れている。

狭い路地を抜け、見通しのきく大通りに差し掛かる。
暗い大通りには人一人歩いていない。

(まだ気づいていない?)
壁越しに見える所司代組屋敷西門には、警備の者が二人いる。
何事も起きていないように平然と、いつものように直立している。
東側の侵入者にまだ気づいていないのか。

飯田が後ろの闇に向かって手のひらを見せる。
追ってきた辻、小川の二人が足を止める。

「東側に回りこむ。門番に悟られるな」
そう小声で囁くと、再び走り出した。

214 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:15 ID:KjWIOiOV
二人も飯田の後に続く。
来た道を一度引き返し、
所司代組屋敷の外塀から一本外側の路地を西から北、北から東へと大きく回りこむ。
後ろを見る。道重はまだ来ていない。

すると辻が小さく咳き込む。
「大丈夫か」
「大丈夫だってば」
辻がうるさそうに返す。

飯田は一瞬考えた後、辻に言った。
「辻、戻れ」
「やだよ」
「そうじゃない。道重のところまで戻って、隊を誘導しろ。門番に悟られぬようにな。
東側から突入する」

辻は不満げに飯田をじっと見つめる。
「行け」
「……わかった」
辻は頬を膨らませたまま、もと来た道を走って戻っていった。

215 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:15 ID:KjWIOiOV
所司代組屋敷の北東――
飯田は小川と共に、ちょうど隣接する所司代下屋敷との間の路地の角まで音も無く辿り付くと、
影に隠れ、呼吸を整えながら様子を窺う。

飯田は塀の陰から見たその光景に、驚きを隠せなかった。
屋敷の門が隣接するという、最も警備が多いはずの場所に、
人が一人もいない。

(どういうことだ?)
倒された死体すらない。誰も、いないのだ。

見張りを立てていた西の屋敷からは完全に死角になっていた。
(所司代は、ここに警備がないことに気づいていない?)

上から監視していた小川の言葉を思い出す。
今夜の警備は何故か、屋敷の外周をぐるりと回るのではなく、
どうやら角できびすを返して往復していると。
だとすれば、他の方面を警備する者はこの事態にまだ気づいていないかもしれない。

216 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:16 ID:KjWIOiOV
(裏をかかれているのか)
何者かは分からない。が、この襲撃の主謀者は、
飯田が想像していたような“襲撃”ではなく、
もっと綿密に、所司代内部の動きまで鑑みて、
詳細な計画を立て、静かに行動を謀るとししているように思える。

飯田はしばし様子を窺う。
しかし、動くものはどこにも見えない。
(……罠か?)

しかしその時。
所司代組屋敷の北東門の内側より二つの影が現れた。
影は明らかに周りを警戒し、抜き身の刀を持って辺りを見回している。
(滅茶勤王党か?)

217 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:17 ID:KjWIOiOV
所司代組屋敷の中からは相変わらず、騒ぎは聞こえてこない。

二つの影は見張りだろうか。
少なくとも所司代ではない。

飯田の心臓が静かに脈を打つ。

これが滅茶勤王党の残党だとして、
飯田らが駆けつけた時刻の差から言って、よゐこはまだ外に運び出されていない。
このまま運び出されるのを待ち受けるべきか。

よゐこが出て来る前に突入すれば、
滅茶勤王党の襲撃は所司代組屋敷内部で完結し、
二人の身柄はこのまま所司代に固定されたままになる可能性が高い。

だがこの妙な静けさは何だ。
本当に滅茶勤王党によるよゐこ救出は進行しているのか。
そもそも何故、所司代の警備がいない。
滅茶勤王党の策略はこちらが思うより綿密で、想像以上に大規模なものなのか。

(それとも……滅茶勤王党ではない?)

218 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:18 ID:KjWIOiOV
もしそうであるならば、このままただ待ち続けることは、
或いは所司代、そしてよゐこの命、
さらには中にいる和田の命まで危険に晒すことになりかねない。

背後を見る。道重の隊はまだ来る気配がない。

(ここが分かれ目か……)
飯田はぎりりと奥歯を噛み締めた。

「麻琴、壁を越えろ。
中の様子を窺って報告。まず北東門を破る。私は正面から行く。
顔をよく見ろ。滅茶勤王党の幹部ならば斬らずに極力捕える」

「行け」
「ほ〜い」
言い終わるや否や、小川はひらりと軽やかに細身の体を宙に舞わせ、
音も立てずに所司代組屋敷の外塀の上に取り付いた。
訓練された乱波の動きである。

飯田は、小川の動きに同期して北東門に踊り出る。
慎重に腰の長刀(ちょうとう)を抜き、
まだ気づいていない二つの影に音も立てず近寄った。

219 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:19 ID:KjWIOiOV
――所司代組屋敷内。
八畳ほどの座敷の中の視線が一人の娘に集中していた。
ソニン。

「どうなの、ソニン」
いつの間にか前のほうに進み出ていた紺野がソニンを見ている。
ソニンは黙ったまま、木村の視線を受けとめていた。

しばしの刻が過ぎた後、やがて意を決したようにソニンが口を開こうとすると、
横から手が伸びてそれを制止した。
「いや、いい」
和田だった。

「うん。所司代組の考えは分かった。義剛公の考えも同じということでよろしいな?」
和田は落ち着いた調子で言う。
「ならば、今日のところはこれで良しとしておきましょうか」

木村はソニンから和田に視線を移し、またもやしばらく見つめた後、
「……なるほど。あるいは矢口殿だけとは限りませんな」
と言った。

「和田様は岡村を買っていなさる」
「不用意な発言はよしてください」
紺野が言った。

220 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:20 ID:KjWIOiOV
木村は矢口さんを疑い、そしてその真偽を聞き出そうとしたソニンの口を止める和田さんを、
矢口さんの同類(すなわち藤州の内通者か?)と牽制し、
そして岡村の名前まで引き合いに出した。

これはつまり、和田さんの行動を内通者とばかりに皮肉ったのである。
紺野はそれを咎めた。
なんと無礼な振る舞いか。

しかし和田は笑顔を絶やさない。
木村は紺野の咎めも意に介さず、ふっと鼻で笑い、続けた。
「まあいいでしょう。いずれ取り調べが進めばわかることです」
「けっきょく取り調べはするんじゃない」
紺野が小さな声で不満げに呟く。
「なにか?」
「いいえ」

「では、また後日――」
きりのいいところと思ったのか、そう言って和田が立ち上がろうとすると、
何故か監鳥居組の三人も急くように立ち上がった。
「お待ちください」
「は?」

と同時に座敷の四方の襖が開いた。
開いた先には、四方とも数人ずつの槍を手にした所司代組隊士が立っていた。

221 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:21 ID:KjWIOiOV
「なに?」
紺野は慌てて手元の刀を持ち、立ち上がった。

「どういう、ことですかな?」
和田が落ち着いた調子で言う。

「できれば手荒なことはしたくない」
そう言う木村の横で、里田、斉藤、そして周りの所司代組隊士らは、
鋭い目で紺野たちを警戒している。

「先に申し上げましたとおり、今お話しましたのは我々所司代の重要な機密です。
まして壬生娘。組の副長が内通者などという話を、
同じ組の方に素直に持って帰らせるほど我らも間抜けではない。
陰で我らを“ざる”呼ばわりする輩もいるらしいが」
木村は目を細める。

「もちろん、捕縛などという失礼なことはこちらとしてもいたしたくございません。
阿佐藩士らの一通りの事情聴取、そして“矢口真里壬生娘。組副長の疑いが晴れるまで”、
みなさまにはしばらく“滞在”していただく」

「無茶な!」
紺野が叫ぶ。
「何を言っているのか分かってるんですか。和田さんは幕府の重臣ですよ。
それに私たちだって、互いに身内で争っている場合ではないでしょう。
今だって、いつ滅茶勤王党の残党が動き出すか分からないんですよ?」

すると木村はけげんな顔をして言った。
「は? 滅茶勤王党など、とうに壊滅しているでしょう」

222 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:22 ID:KjWIOiOV
「飯田さんが?」
新垣が目を丸くする。
「滅茶勤王党はあれだけじゃないんだ」

矢口が一人で、もどかしげにうつむく。
「あいつらの狙いは違う」
「あいつら?」
「今は言えない」
新垣は黙る。
加護も何も言うことができない。
矢口は一体、何を知っているというのか。
何故言えないと言うのか。

矢口は構わず、鉢巻に鉄板を仕込んだ陣鉢を額に巻いた。
額の鉄板の中心には「娘。」の文字。

そして全員に向かって言った。
「とにかく圭織が危ないんだ。おいらは行く。
おいらが信じられなければ。ついてこなくてもいい」

しん、と場が静まり返る。

223 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:22 ID:KjWIOiOV
と。どこからともなく、笛の音が流れてきた。

「……祇園囃子?」
亀井が言った。
「ああ! そういえば、ちょうど今頃だったんですよね」
新垣が人差し指を立てる。

鉦や太鼓の音を伴っていないのでどこか寂しく感じられるが、
この笛の音は「コンチキチン」と言い表される、祇園囃子の笛だ。

「なつかしいなあ」
加護は目を細めた。
こちらの地方の生まれなので、加護は祇園祭には何度か来たことがある。
飯田や安倍ら大幹部が新入りに自慢げに話して聞かせる祇園の祭りの美しさを、
自分がそれよりも早く知っていることは密かな自慢でもあった。

三年前の事変以来、その祭りが京都で大きく開かれたことはない。
それも、長く続くこの混乱のためだ。

特別な意味も無く、全員が黙ってしばらく、その音に耳を傾けた。
この音を、雑踏の笑顔の中で聞ける日は、いつのことか。

224 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:25 ID:KjWIOiOV
やがてその音が途絶える。

加護は思う。
今までも自分は必死で矢口らを追ってきた。
その、矢口の額にある「娘。」の一文字の下に。

「いきましょか。矢口さん」
最初に口を開いたのは加護だった。

「そうですね」
新垣が長槍を手にし、続く。
「はい」
と亀井。
後ろで密かに、吉澤が顔に笑みをたたえている。

矢口は何故か、顔を伏せたまま言う。
「……よし。いくぞ」
「はい!」
三人は声を揃えて答える。

「いってらっしゃ〜い」
吉澤が後ろで呑気に手を振っていた。

225 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:26 ID:KjWIOiOV
(え……?)
この人たち何を言っているのだ。と紺野は思う。
この、腹の底から湧きあがる気持ちの悪いものはなんだ。
顔が青ざめてくる。

「滅茶勤王党は、まだ力を持っているよ」
和田が言う。

「……なるほど。
そうやって危険を煽ることで幕政を引っ掻き回すのがあなたの政事ですか。
滅茶勤王党がほぼ壊滅状態にあるのは周知の事実。
なにやら壬生娘。組が不穏な動きを見せると思えば何のことはない。
滅茶勤王党ですか。
なるほど、和田殿と矢口殿に、いいように踊らされているわけだ」
木村の顔がひきつる。

「そうは行かない。よしんば、滅茶勤王党の残党がまだ力を温存していたとしても、
それは我ら所司代組がきちんと引き受けますゆえ。ご安心ください。
さあ」
そう言うと、木村は回りの隊士に目で合図する。
周りを囲んでいた所司代組隊士らが、じわりを輪を縮める。

矢口さんの言っていた通りだ。
今や幕府の根幹が揺らいでいるというのに、この人たちは何を言っているのだ。
紺野は絶望にも似た感覚に襲われる。

226 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:27 ID:KjWIOiOV
視界が揺らぐ。
目の前が暗くなり、倒れそうになる。

すると。紺野の横から、す、と前へ出る者があった。
それは何も言わず紺野の横を抜け、座敷の庭側に向けて歩み出る。
庭側を囲んでいた所司代組隊士が慌てて槍を傾け、行く手を阻む。

藤本だった。
紺野は自らの興奮のあまり、長らく藤本の存在を忘れていた。

「みうな!」
「む、無駄な抵抗はおよしなさい」
監鳥居組の斉藤が庭側に立ち、藤本を睨みつける。

すると藤本は、この場の張り詰めた空気を一人に無視するかのように、
無表情のまま、ぼそりと呟いた。
「気がつかないのか」
「何?」

「血の匂いだ」

ちょうどその時、遠くで、刻を告げる鐘の音がした。

227 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:29 ID:KjWIOiOV
夜の京都の町を黒い一団が行く。

がむしゃらに走るわけでもなく、しかし確実に、早い足取りで、
矢口ら十人ほどの壬生娘。さくら組の一団は、
不動堂村壬生娘。さくら組屯所より、所司代屋敷への道を急いでいた。

西本願寺の横を抜け、醒井通りを抜け、五条通りに出る。
と、そこに黒い人影が現れる。
三……四……。

六、七人ほどのその集団は、矢口らの行く手を遮るように立ちはだかる。
矢口らは足を止めた。

その集団は、手にした提灯を、矢口らの顔を確かめるように向ける。
「矢口さん。どちらへお出かけですか」
集団の先頭の人影が言った。
その提灯には、「娘。」の一文字。

「石川……」
矢口が苦々しげにその名を呼ぶ。
矢口らの前に立ちはだかったその集団の先頭は、
壬生娘。おとめ組、石川、そして田中。

228 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:30 ID:KjWIOiOV
「ここから先、通すわけにはいきません」
石川が言う。

「……この件。圭織が思っているより根が深いぞ」
矢口が言う。

「それでも、飯田さんの命令です」
「壬生娘。が壊れるぞ」
「壬生娘。が壊れるからです」

「力づくでも通る」
矢口が腰の刀に手をかける。
「力づくで止めます」
すかさず石川も刀に手をかける。

ざわ、と。場に緊張が走る。
石川、田中。矢口、加護、新垣、亀井。
まだ剣の間合いではない。
対峙する二つの集団はそれぞれ石川、矢口を中心にして横に開き、
平隊士らは相手の不穏な動きを少しでも見逃すまいと腰をかがめ、
それぞれの武器を持つ手に力を込める。

「退け」
「退けません」

夜の京都の町で、二つの黒い集団が対峙する。
ちょうどその時、遠くで、刻を告げる鐘の音がした。

229 :名無し募集中。。。:04/04/30 22:32 ID:KjWIOiOV
飯田は影に無音で近づく。
やがてその、顔が判別できる距離まで来た。
一人は太った大柄の男。もう一人は背が高く、いかにもしっかりとした体つきをしている。

その瞬間、影は飯田の気配に気がつき、さっと後ろへ飛んだ。
「誰だ!」

飯田はまだ声を上げない。
よゐこの動向、そして道重の隊が追いつくまで、
変に騒ぎ立てて所司代の警備を呼び込むのは得策ではないと判断したためだ。

「元滅茶勤王党幹部、加藤浩次と山本圭壱だな」
飯田は長刀の剣先を向けてその名を呼ぶ。

「お、お前こそ何者だ」
太った方の男――山本圭壱が顔をくしゃくしゃにして指さす。

「壬生娘。おとめ組局長、飯田圭織」
「み、壬生娘。!」

ちょうどその時、遠くで、刻を告げる鐘の音がした。
刻を知らせる合図である三つの打鐘の後に、四つ。

その時刻、夜四ツ。

230 :名無し募集中。。。:04/05/01 11:57 ID:tf7b4hpu
鳥肌が立ちますた。

231 :名無し募集中。。。:04/05/01 21:08 ID:mDPMTRzf
石川を殺してください

232 :ねぇ、名乗って:04/05/05 22:46 ID:m5T8+Oog
日本刀で銃弾を真っ二つにできるんだって

233 :名無し募集中。。。:04/05/09 12:50 ID:XLyG3RHB
あれ?

234 :名無し募集中。。。:04/05/09 16:27 ID:oFmgL3DQ
てst

235 :名無し募集中。。。:04/05/11 21:08 ID:vNtCtCZv
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000061.jpg
この小説好きなんで、勝手に藤本のイメージを描いてしまいましたスマソ

236 :名無し募集中。。。:04/05/11 21:09 ID:vNtCtCZv
sage忘れたゴメンチャイ

237 :名無し募集中。。。:04/05/13 05:55 ID:Ng1PHWUX
>>235
うわさっぶ

151 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)